written by 由香







夜中にふとなにかに呼ばれたかのように、突然目が覚めた。
春まだ浅い、夜の底。
あたりはカーテンを閉め忘れた窓辺からの月明かりが差込み、静かで清浄な銀色の光に照らし出されていた。
昨日までとは違う部屋のつくりに一瞬首をかしげてしまいそうになったが、それが誰の部屋なのかを思い出して、マヤの頬はどうしようもなく熱を帯びていった。
(そっか...あの後...)
久しぶりに重なった休日の午後を、二人は会えなかった時間を取り戻すかのように、常にも増して情熱的に抱き合って過ごした。
時を忘れ、我を忘れ、そして最後には、互いに解け合うように意識を手放し...。
ぬくもりの気配に、あらためて愛しさがこみ上げてくる。
傍らに眠る、愛しい人の存在。
幼かった日々を思い返し、自然に笑みがこぼれてしまう。
こんなにも、この人のことを愛する日が来ようとは、想像すらしていなかった。
あの頃の自分が、魂の片割れとして数年後こんな風に彼を愛し、そして愛されようとは...。
(速水さん...)
規則正しい寝息に耳を傾け、たくましい胸の鼓動を肌で感じながらも、やがてマヤはゆっくりと身を起こした。
窓辺からの月の光が、完璧に整った丹精な顔立ちに陰影を与えていた。
起きている時には視線が合うだけで恥ずかしくて、長くは見つめ続けていられない。
だからこそ今、心おきなくめったにない彼の寝顔を見つめられる特権を、マヤは心ゆくまで堪能しようと決意した。
こうして見つめていると、速水真澄という男は、信じられないくらい綺麗な顔をしていることに、あらためて驚きを感じる。
長い睫や、通った鼻筋。
鋭い光を秘めた瞳は、今は眠りに閉ざされており、完璧に整った横顔には、マヤ以外には決して見せないであろう無防備な色を浮かべていた。
秀でた額に毀れかかる、寝乱れた栗色の髪。
柔らかなそれをくしゃくしゃにかき回した時の指先の感触が、否が応もなく蘇える。
震える指先を伸ばすと、起こさないようにそっと真澄の髪をいつもの形に整えた。
すぐに離すつもりだったが、気づいた時にはその指は、彼の顔の輪郭を辿っていた。
やがて指先が、いつになく柔らかい笑みを刻んでいる唇に辿りつく。
その唇が、数時間前に自分をどうしようもない快楽の淵へと追い込んでいったとは、今の様子からは伺えない。
(ずるい...)
マヤは心の中で、小さく呟く。
彼の寝顔を見つめているだけで、身体の奥に熱を覚えてしまったからだ。
そんな風に自分が変わってしまったのも、目の前で無邪気に眠るこの人のせいで...。
それでも、内心の思いとは裏腹に、彼の唇を辿るマヤの指は、あくまでも優しく愛おしさに満ちていた。


優しく頬を撫でていく軽やかな気配に、少しづつ眠りの底から浮上してくる。
薄く開いた視線の先には、半身を起こした愛しい人が、ためらいがちではあるものの優しい手つきで自分の顔を指先で辿っていた。
いつの間に眠ってしまっていたのか、あたりはすっかり夜の気配に閉ざされていた。
マヤの地方公演と、自分の海外出張が重なったおかげで、乾き飢えた獣のように、久しぶりの休日は彼女をこの腕の中に閉じ込めることだけに専念した。
月の光に照らし出されたマヤの肌は、真珠のような光沢を帯びており、まるで内部から光を放っているかのように輝やいていた。
眩さに目を細めてしまいたくなるような、匂い立つような清浄な色香を放つその胸元には、自分がつけたいくつもの桜色のあざが、花びらのように散っていた。
月の光を帯びて銀色の後光が差しているかのような黒髪が、やわらかくその背に流れ落ちている。
抱きしめながら、何度その髪に顔を埋め、指を絡ませたことか…。
今は隠れているものの、彼女の背やうなじにも、同じような桜色の花弁が色濃く咲いていることだろう。
柔らかくほどけ、ゆっくりと花開いていくマヤの身体を思い出しただけで、昂ぶりを覚える。
重く熱く、衝動的な熱を押さえ込み、愛しい人を傷つけることのないよう、時間をかけてマヤの身体を開いていった、最初の夜へと思いを馳せる。
あの夜から、何度こうして身体を重ね合わせてきたことだろう。
彼を呼ぶ声も、すがりつく腕も、こらえきれずに漏らす嬌声も、そのすべてを知るのは、彼一人だけなのだ。
この腕の中に、彼女がとどまってくれる。
愛し、愛されるその奇跡…。
一度は諦めようとした頃のことは、正直二度と思い出したくない。
だが、その時間があったからこそ、二人の結びつきがより深くなっていったのも事実だ。
(もう二度と、間違えたりしない...)
そう心に固く誓い、彼女の指先をそっと捕らえる。
見上げると、驚いたような表情を浮かべた彼女の瞳の奥には、数刻前の熱がぶりかえしたかのような焔が揺れていた。
視線を合わせたままことさらゆっくり捕らえた指先に口付けると、マヤの身体にふるりと奮えが走ったのがわかる。
「お...起きていたんですか?」
問い返す彼女の声が、わずかに掠れている。
「珍しいな。こんな風に君が夜中に目覚めているなんて...」
口付けた指先に指を絡め、身体ごと引き寄せる。
それに抵抗することなく、マヤは彼の胸元に引き寄せられた。
「月に、起こされたんです」
言葉に促され、視線を辿った窓の外には、煌々と輝く満月。
欠けることのないそれは、惜しげもなくその光を地上にそそいでいた。
「速水さん…」
「そろそろ、名前を呼んでくれてもいいんじゃないか?」
「え...そ、そんな…っ...!」
「君だってもう、速水さんなんだからな」
何度も身体を重ねてきたが、マヤの初々しさは失われることはなく。
こんな風に自分の名前を呼ぶことにすら、恥かしさを覚えてしまうらしい。
もっとも、あの時の最中には、無意識に名前を呼んでくれていることなど、気づいてはいないのだろうが。
「ま...真澄さん...?」
「…なんで疑問形なんだ?」
「だって...慣れないんですもん」
その口調に、泡立つような笑みを誘われる。
「チビちゃんらしくて、かわいいけど」
「ま...真澄さんこそ、いいかげんチビちゃんは卒業してください!」
きっと見上げてくる視線のかわいらしさを前に、どうしてくれようかと込み上げてくる愛しさに、内心途方に暮れたくなる。
「わかりましたよ、奥様」
「もう!からかい癖は、ちっとも変わらないんだからっ!」
「そんなところも、嫌いじゃないだろ?」
「そういうところも、好きですよーだっ!」
「かわいいことを、言う...」
愛しさにかられて、笑みとともに顔中に唇を落とす。
それに応えるかのように、マヤからも柔らかい口付けが返ってくる。
やがて二人の間に、離れがたい熱が高まっていった。
絡み合い、分かちがたく愛し合う二人を...月だけが、見ていた。









04.08.2006


<FIN>






□由香さんより□


はじめまして。 由香と申します。
以前から杏子さんの作品を拝見させて頂いており、今回のお祭りを聞き及び、30題に申し込もうかどうしようかと迷っている内に、どんどんお題は埋まってしまい...。
どうしようか最後まで迷っておりましたが、やらずに後悔するよりは、やって後悔しようと思い立ち、一念発起して、作品を仕上げました(^^;)

ガラカメパロバージンで、どのくらいの匙かげんで書けばいいのかまったくわからず...こ...こんなんでも、大丈夫だったでしょうか?
(自分的には、恥かしくて恥かしくて、遁走してしまいたい気分満々です)
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。

これからも杏子さんの素晴らしい作品を、いつもいつも楽しみに待っております(^^)








□杏子より□

色気が漂う二人の”或る夜の出来事”。読み進めて行くうちに、二人はなんともう夫婦!!という嬉しい誤算!!
ドキドキしたあとのほっこり感、たまりませんです。
マヤちゃんには奥さんになっても、お母さんになっても、おばちゃんになっても、おばあちゃんになってもカワイクいて欲しいなと思う杏子です。

由香さん、ロストガラカメバージン(笑)おめでとうございます!
そして、勇気あるバンジー、本当にありがとうございました!!
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