written by 月子





「マヤ、支度はできた?」

ノックの音が聞こえたかと思うと、この家の女主人が客間のドアを静かに開けた。

「まぁ・・・」

「モタモタしてごめんなさい。でも、みて!
亜弓さんが手配してくれたパリコレのヘアメイクさんおかげで大変身?
後はとってもきれいだけどおそろしく歩きにくそうなこの靴を履くだけよ」

そう言ってマヤと呼ばれた女性は、全身が映る大きな姿見の前に立ち、鏡の中から少しはにかんだ笑顔を見せた。亜弓はベッドの上にきっちり揃えて置いてある真新しいイタリア製のパーティーシューズをマヤに渡し、履くのに手を貸した。そしてベッドに腰をおろすと、色んな角度から入念に最終チェックを行う彼女を眩しげに眺めた。

5年前に大都芸能の社長に就任した水城冴子は、昨年紅天女を世界の紅天女へと飛躍させるために海外公演の実施を決定した。初年度はニューヨークとロンドンの2都市で上演され、いずれも大成功を収めた。

今年度は上演都市にパリが含まれたせいもあって、マヤは亜弓からのかねてからの提案もあり、公演後の数週間をそのままパリで過ごすことにした。初日を観てすっかりマヤのファンになったハミルや亜弓の仕事仲間でもある友人達はマヤが休暇でハミル邸に滞在する話を耳にして、早速今夜のホームパーティを企画したのである。

「やっぱりそっちの淡いブルーのドレスにして正解だったでしょう?
ちゃんとお化粧をして着れば絶対に似合うはずって、一目でピンときたんだから」

「くすっ。女優に見えるかしら?」

「やぁね、そんな事はご主人にお聞きなさいよ。
今、ちらっとリビングを覗いてきたけど、2人とも天使の顔を持つ悪戯っ子達の相手をするのに悪戦苦闘していたわ。もう少ししたら悲鳴が聞こえてくるわよ!」

アクセサリーを付け終え、バッグを手にしたマヤは、ベッドに座る亜弓の方へやってきて隣にふわりと腰をおろした。少しばかり緊張しているマヤを見ていて、亜弓はふと2人が出会った15年前の事を思い浮かべた。

当時、亜弓は天性の気品と美貌を備えた女優のサラブレッドとして脚光を浴び、女優としての将来を約束されたも同然であった。
一方、マヤは外見的にもごくごく普通でどこにでもいるタイプ、どちらかというと、人々の記憶に残らないタイプの子供であった。にもかかわらず、15年前のある日、月影千草にその天賦の才能を発掘され、後に紅天女を継承する女優として認められたのはマヤの方であった。

『15年前、一体誰が想像したかしら・・・。マヤがこんなに美しい、凛とした女性に、紅天女に相応しい女優に成長するなんて。』

「・・・亜弓さん、亜弓さん?」

膝の上で握り締めていた両手の上にマヤの手が重ねられ、心配そうに亜弓の目を覗き込んでいる。

「どうかした?」

「ううん。何でもないの。あのね、笑わないでね。
私ね、今日のあなたがあんまり綺麗だから驚いちゃったの」

「ぷっ。やだ、もう。その言葉、そのまま亜弓さんにお返ししますっ!
そのボルドー色のドレス、とっても似合ってる。
なんていうか・・・女王様みたい!とても2人の子供がいるママには見えないわ」

「もう!」

亜弓はマヤの膝をペシッと叩いた。そしてマヤの目を真っ直ぐに見つめ返した。

「ねぇ、マヤ、あなたは運命を信じる?」

「う〜ん、どうかな・・・。13歳のあの日、月影先生に出会って以来、私の人生は変わってしまったわ。あの出会いがなければ、どんな人生を送っていたのだろうって時々考えるけど、でも全然想像できないのよ。」

亜弓自身はすべてが「運命」で片付けられるとは思っていない。それでも紅天女が2人の人生を結びつけ、今こうして無二の親友として友情を育んでいることに何かしら運命めいたものを感じずにはいられないでいる。

8年前、2人は紅天女の座を賭けて競い合った。女優人生だけでなく、それぞれの人生さえをも賭けた試演は壮絶な闘いは、今では演劇界の新たな伝説になっている。

亜弓にとって自分以外の人間が紅天女を継承するという事実はショックだった。でもその後パリへ活動の拠点を移し、今では女優としてだけでなく、演出家、舞台評論家、脚本家としてもその才能を認められ、世界的にも評価されつつある。信じられないことに、亜弓はそんな自分の現在に満足し、いまさら別の生き方なんてしたくないと思う。

『私は紅天女にはなれなかったけど、それ以上のものを手にいれた。
負け惜しみでなく、心からそう思えるわ。』

「私は、あなたと出会ったのは運命だと思ってる。あなたに出会えて本当に良かった。もちろん、あなたのご主人もそう思ってるのは知ってるけどね」

とその時、部屋の扉をノックする力強い音が聞こえた。

「どうぞ。」
亜弓が返事をすると、扉が開くと同時に明るい髪の男の子が2人亜弓の方へ突進してきた。

そのすぐ後にマヤの夫が愛娘をその腕に抱いたまま入ってきた。

「2人とも人が悪いな。支度が済んでいるなら降りてきてくれれば良いのに。これ以上待たされたら、こっちは子供達にボコボコに・・・」

元芸能会社社長時代、ルックスが売りのタレントやモデルを何百人、いや何千人と見てきて、ある意味感覚的に麻痺している部分があるかもしれなかった。にもかかわらず、並の女優ではない2人を前にして、またじっとこちらを見つめている妻を前にして全身鳥肌が立ち、足が震えそうなのは一体どうしたことか。

「真澄さん?」

「参ったな。日本を代表する女優が2人正装して並ぶと、圧巻だな。
エスコートするこっちの身にもなってくれ。緊張してきた・・・。」

亜弓とマヤは顔を見合わせて声を殺して笑った。

「ハミルが下で車の用意をしているわ。
子供達を預けて、そろそろ行きましょう」

美しき女たちと、その美しさにひれ伏す男たち。
今宵、美しくも心躍るひと時が、パリの夜に花開く。








04.09.2006







<Fin>






□月子さまより□

敬愛する杏子センセイをはじめとするガラパロラーの先輩方が織りなす 美しい数々の名作にはいつも本当に楽しませていただいています。 (もうこのまま原作が終わらなくてもいいかも!と思っちゃうぐらい)
投稿するのはむろん初めてです。 投稿直前までは、1回ぐらい投稿しちゃおうかな〜ぐらいなお気楽モード。
ところが送信ボタンを押した後、急激に襲ってきた猛烈な恥ずかしさ!!
きゃ〜、私ったら一体全体何てことをしちゃったの〜〜?!
穴があったら入りたい、としばらくPCの前で固まってました。

こちらでデビュ〜できるならなんて素敵なことでしょう。
感謝感激雨霰。とってもとっても嬉しいです。 本当に有難うございます。
お祭り、頑張ってください!!
これからも応援しまくります。





□杏子より□

またまた!生まれてハジメマシテ!な方をこうしてジカキパロパロワールドへ釣り上げてしまいましたっ★いぇ〜い!!
『亜弓はそんな自分の現在に満足し、いまさら別の生き方なんてしたくないと思う。』という一文にとても心惹かれました。
私も彼女には申し訳ないのですが、紅天女はマヤちゃんしかいないと思うんですよね。 でも、それを踏まえた上での亜弓さんの立場というのは、どうやったらその努力と想いを昇華させてあげられるだろう、といつも思い悩み(その割にはまるでエスケプには登場しないくせに…汗)
決して嫌いなキャラではないわけでして、 この月子さんの一文に、なんだかとても救われる想いがしたのです。ああ、きっと彼女ならこう思うだろうな、というかこう思って欲しいな、と。
美しき女たち@Parisなオサレなお話、月子さん本当にありがとうございました!!






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