written by めぐ











◆第9話◆



季節は巡り、鬱々とした梅雨を迎えた。

真澄は、亜弓の目の手術が成功し、リハビリにあと数ヶ月かかるもほぼ完全復帰できる目処がたったという報告を受けた。
月影千草は、病状も小康状態を保ったまま、マヤの入院も知らされず、入院療養している。

青木麗には、マヤの一件は口止めさせている。
彼女がマヤに一番近しい人物であればこそ、そこから秘密が露見することもありうる。
彼女には、定期的にマヤの様子を電話連絡するに留めたため、従って彼女はマヤの居所を未だ知らなかった。

黒沼グループのメンバーも、日々の自分の仕事に追われ、マヤにアプローチをかけてくるものはいないようだ。
桜小路だけは、マヤにあれこれちょっかいをかけてきそうだと読んだ真澄は、先手を打って、アメリカブロードウェイ演劇修行なる名目の特別番組を某テレビ局とタイアップして、早々に国外へ送り出してしまっていた。
彼が大都所属だからこそ、出来た荒業である。

マヤについては、どうにか世間から隠し果せていたが、少なくとも夏頃には、一度記者会見でも開いて、紅天女の試演の新たな日程なり現状なりを公表しなければならないだろう。

そして試演までにマヤが復帰出来なければ……考えたくもない話だが、経営者は最悪のパターンをも考慮して行動しなければならない。

柴田由布子と医師が言っていた話――一か八か勝負に乗るにも、予想される試演日程から逆算して、最早一時の猶予も残されていないと、真澄はとうとう腹を括った。



秘書室の水城を内線電話で呼び出す。

軽やかな3度のノックの後、水城は社長室に入った。

「真澄様、おはようございます。お呼びですか?」

「ああ、悪いんだが、急遽今日のこれからの予定を白紙に戻してくれないか?」

「…と言いますと」

「マヤのところへ行って来る。もうそろそろタイムリミットだからな」

マヤの件に関して、詳しい事情は何も聞かされていない水城だったが、マヤの行方が知れないことと、何らかの由々しき問題が生じていることは、予てより推測していた。
そして、真澄の表情から決心の硬さを見て取ると、鮮やかに予定を組み直し始めた。

「何なら、一週間先まで真っ白にしましょうか?」

軽口まで叩きつつ、ものの10分で真澄の希望に沿うようなスケジュールを確保した。

「恩に着るよ、水城君」

「いいえ。マヤちゃんをちゃんと連れ戻して下さいましね。私も彼女の天女ぶりは拝見したくて堪らないんですから」


水城が退室した後、真澄は携帯電話で聖を呼んだ。

「はい、聖です」

「あ、俺だ。急で済まないんだが、紫の薔薇を手配してもらえないか?今からマヤのところへ行ってくる」

「はい。そんなこともあろうかと、実は毎日ご用意しておりました。真澄様が車に乗られるまでには、後部座席にご用意しておきます」

「お、おい?お前、一体どこにいるんだ?」

「今日は花が無駄にならず、何よりでございます。マヤ様もずっと心待ちにしておいででしょう」

聖は、真澄の問いには敢えて答えず、穏やかにマヤの気持ちを代弁し、そっと通話を終わらせた。
真澄とマヤの架け橋を長年してきた聖には、互いに思いやっていた二人の気持ちが、当事者より余程見えていた。
今度こそ……素直になって下さい、と祈るような気持ちだ。












ワイパーをフル稼働させて、真澄の車はマヤのいる病院へとひた走る。
後部座席には、馨しい紫の薔薇の花束が置かれている。

二人を繋ぐ、想い出の花。
だが、この香りは、嘗てこの花を踏みにじった苦い出来事をも呼び覚ます。

紫の薔薇を持ち出すのは、諸刃の剣であると自認している。
上手くいけば、マヤの気持ちを立て直せるが、そうでなければ最悪な結末をも招きかねない。
でも、ただマヤの為に波紋を起こさせるアイテムは、これきり思い浮かばない。

何度も何度も、括った腹を括りなおさなければ、マヤのところへ辿り着けはしない。
俺が、こんなに苦しいのは自業自得だ。

俺が苦しむのは、二の次だ。
マヤさえ立ち直ってくれれば、それで俺は幸せなんだ。
たとえ、同じ目線に立つ事は出来なくても…。

マヤ……。


最近の由布子からの連絡では、マヤは顔が痙攣しているときだけは、目に生気を若干取り戻すということだった。
痙攣―チック症か―、何か心に重荷があるということなんだろう。

辛くても、その重荷と向き合わなければ、マヤはこちら側に戻ってこられない、のか。

物思いに耽りつつも、車は制限速度ギリギリに走り続ける。






07.09.2006


…to be continued









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