written by めぐ









◆第19話◆



劇場の係員が、席に留まったまま放心している真澄に、緊急事態です、と声をかけ、即座に楽屋口へと誘導した。
その途中係員から、北島マヤが終演後に舞台上で倒れた旨を伝えられた真澄は、足元が揺らぐ思いがした。
救急車は、と聞くと、黒沼監督の指示でまだ手配していない、と言う。

楽屋口で腕組みをして壁に凭れ、待ち構えていた黒沼が、係員に目で合図をして下がらせた。
真澄の手に持つ花束にさっと目をやり、そして、真澄の目を捕らえて言う。

「なぁ。この世のものとは思われない素晴らしい舞台だっただろう。正直、俺も仕事だということを忘れて、素直に感動した。――だが、あれは俺たちの実力じゃなくて、あいつの壊れかけた心がそうさせたんだよな。……頼む、そろそろあいつに褒美でもやってくれ。一回限りの試演ならともかく、これからも続くとなると…、北島の紅天女が選ばれない訳はないだろう…あんな神がかり的な、身を削るような演技は、もうはっきり言って痛々しくて見ちゃいられないし、あいつ自身、そろそろ限界だろうよ」



主役の控え室では、マヤが紅天女の衣装のまま、じかに畳の上に横たえられていた。

楽屋周辺は終演後の人の出入りでかなりざわついていたが、黒沼が采配したのか、マヤの個室の辺りだけ取り残されたようにしんと静まり返っている。

真澄は、マヤの傍に立膝で座り、花束を脇に置き、おそるおそるマヤの頬に手のひらを当てた。


マヤ。
こちらへ戻って来い。
もう、何事も君の心を煩わせないと誓う。
どうか、これから俺と共に歩いていって欲しい。


万感の想いを込めて、マヤを見つめる。
そして、その鮮やかな朱を注したままの唇に、そっと接吻を落とした。


どれだけ時間がたっただろうか。
やがて、ゆるやかにマヤの意識が覚醒していく。

意識をとりもどしたマヤの瞳に最初に映ったものは、この上なく優しげな真澄の笑顔だった。




そして。

マヤは、覚醒したての自制心が薄れた状況下で真澄に甘く見つめられ、とうとう溢れる心を制御できなくなった。


「速水さん、大好き。もうずっと好き。……ごめんなさい、今更こんなことを。ただ、やっぱり私の気持ちを知ってもらいたかったんです」


言い終わるや否や、マヤは懺悔でもするように両手で顔を覆い隠す。
真澄は、そんなマヤの手首を、それぞれ両手で優しく掴んで顔から外した。
畳にそっと置き、そのまま、手首を離さずに握り続ける。
ふとマヤの確かな脈拍を指先に感じた途端、万感の想いが込み上げ、思わず力がこもる。
手首に感じる真澄の温かさとその熱く見つめる視線に、うろたえて目を泳がせるマヤに、真澄は静かに語りかける。


「ありがとう。俺も、愛している。ずっと前から、君だけを愛している」

「…嬉しい…その言葉だけで、きっと私、一生生きていけます」

「マヤ、君は本当に、俺のこの言葉だけで満足なのか?」

「――ええ、満足っていうか…充分幸せです。一生の心の拠り所にします」

「駄目だ。俺は、君の言葉だけでは満足できそうもない」

「え?どういうこと?」


マヤは心底驚いたような顔をして、真澄の手を振り切って起き上がる。
真澄の顔が近すぎて、途端に眩暈を起こしそうになる。


「俺の人生に、もっと係わってはくれないだろうか?いつも、手を伸ばしたときに君に触れられる距離でいたいと思ってやまないのは、過ぎた願いなのだろうか?これからずっと君と二人で共に生きていきたいなどと思うのは、贅沢なのだろうか?」

「――贅沢です、とっても」


マヤが半ば戸惑ったように答えるのを見て、真澄はマヤの肩を掴んで引き寄せ、更に畳み掛けるように言葉をつなぐ。


「二人で、そんな贅沢してみないか?きっと目もくらむほどの幸せだと思うぞ」

「でも…いいんですか?…私はいつも速水さんに助けてもらっているけれど、速水さんに大変なことがあっても、私はなんの役にも立てないし、迷惑かけることのほうが絶対多いと思うし、現に…」

「それでも、一緒にいられたら幸せだろう。今更二人が離れるなんて、もう無理な話なんだよ」

「じゃ、約束、してくれますか?――天涯でもずっと一緒にいてくれるって」

「ああ、約束だ。もう死んでも、死んでからも、決して君を離さない」





どれだけ、遠回りをしても、それでも互いに請うる心が、互いの魂が、ようやく引き合わせた二人。

この二人の魂を分かつものは、もはや死ですらない。
天涯にて既に永遠が約束されている。






08.02.2006


<Fin>




□めぐさまより□

今回、Happy ESCAPE!!に参加させて頂いたお蔭で、ガラパロを書く楽しさ(&大変 さ)を知ることが出来ました。
こんな【未知の世界】へ誘って頂いたお礼を…と、実は何の前触れも無くいきなり送 りつけてしまったこの全19話。それも、そもそも「こっそり読んでいただく」為だけ にメール添付したものだったのですが、「掲載をご検討いただけないでしょうか?」 なんて、何とも過分かつ温かいお言葉を頂戴してしまいまして。。。

最初から最後まで書き上げた、という意味においては、こちらが初めてのガラパロ作 品になります。単純に、壊れたマヤちゃん、苦悩する真澄様、そして「それなり」の ハッピーエンド…と妄想して書き始めたら、こんなお話になってしまいました。オリ キャラ有り、病気有り、全19話という割にはかなりちょっぴりなボリューム、そし て何より辻褄が合っているのか既に自分では判らなくなってしまった話ではあります が、もし、どなたかにほんの少しでも気に入っていただけたとすれば、こんな嬉しい ことはありません。

そしてそしてっ!文章を補って余りある素敵な装丁にしてくださって、本当に嬉し かったです。どうも有り難うございました。



□杏子より□

また一つ、完結編がここに完結!!
というわけで、あのヴァレンタインの続きバナから一気にパロ魂炸裂な、めぐさん渾身の1本でございました。
「この世の魂の数が、2で割り切れるとは限らないし」
とても印象に残っている言葉です。

めぐさん、掲載がこんなに遅くなってしまって、本当に申し訳ありませんでした。そして、心からのありがとうを。 また一人のジカキさんが生まれる瞬間に立ち会えて、幸せでした。






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