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| written by めぐ
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◆第18話◆ 真澄の采配で、紅天女の試演の日程も無事に決まり、記者会見も滞りなく済み、マヤは住み慣れたアパートに戻った。 すっかり復調した亜弓とマヤは、フラッシュが数多焚かれる会見場で、涙の再会を果たし、その一部始終の映像も紅天女の宣伝の一助になった。 真澄と紫織の婚約は、紫織の愛情と履き違えた執着、鷹宮家のメンツ、英介の頑なな反対にも拘らず、真澄の、そして聖の充分で綿密な裏工作ともいうべき根回しの上で、晴れて破談となった。 破談がニュースになった頃、大都グループの存続すら危ぶむ風評が一時流れ、株価も大幅下落したが、姻戚に頼らない経営を目指すという真澄の方針が、若い企業家やマスメディアを中心に徐々に世間に受け入れられ、かえって大都グループの安泰、そして経営陣の世代交代を世に印象付ける結果となった。 ![]() 試演を目前にし、黒沼グループの紅天女は、ほぼ完成形が見えてきていた。 高次元から注がれるようなマヤの慈愛に満ちた天女の演技が、舞台の隅々まで暖かさを伝える。 村人達の醜い争いの場面でさえ、そこに人を悲しみつつ見守る天女の存在が感じられる。 この世は、はるか彼方から、限りなく大きな優しいものに包まれ、見守られている。 全ての罪を赦し、最後には贄ともなった阿古夜の慈愛が、恐らく、舞台を見るもの全ての心を打つことであろう。 黒沼は、目前で起きている奇跡のようなこの舞台に、もはや言葉もない。 真澄から、内密にマヤの病について、事後に聞かされたときは、さもありなんと、マヤの本心にうすうす気づいていながらも何もフォローしてやれなかった自分を悔やんだ。 しかし、その忌まわしい経験が、今マヤを女優として更に極みへと押し上げているとも言える。 演出家として、そして、肉親のいないマヤの親代わりすら自認する、その相反する立場の狭間に立ち、内心はひどく複雑だった。 一歩間違えば、演劇界の宝ともなりうる逸材を台無しにするところだったのだから。 完治したわけではない、とも聞いている。 天才とは、えてしてそういうものだろう…と考える。 平凡な幸せを願う親心のようなものと、芸の道を究めさせたい演出家としての性が、黒沼自身をも苦しめ、それが皮肉にも紅天女の演出に更に深みを与える結果ともなった。 稽古で阿古夜になりきっていると、ふと、一真ならぬ真澄の気配を感じることがある。 いつもそこにあるもの、空気のように自然に、常にマヤを優しく包むような感触。 マヤは、つくづく真澄のことが好きなのだと思う。 これから、二人がどうなるかなんて、正直私にはわからないけれど、これ以上の何を望むわけでもない。 自分のこの気持ちさえ、迷わず持ち続けていれば、私はきっともう大丈夫。 ――何があっても、大好き。 一方、真澄は、婚約解消したばかりで大っぴらな行動をとることは慎むべきだと、マヤに対して直接のアクションは何も起こしていなかった。 マヤに、一目でも会いたい。 マヤと、一言でも話したい。 マヤに、一瞬でも触れたい。 だが、互いに想う気持ちがあれば、ふとした瞬間に、魂の片割れを感じることができるはず。 実際、ふとしたときに―会議の休憩中、食後の一服、眠りに堕ちる瞬間―、マヤの魂を近しく感じられることがあった。 マヤにしてもきっとそうであろうと、真澄は確信している。 ――何があっても、愛している。 ![]() そして年が明け、とうとう訪れた試演当日―― マヤが用意した特等席に、紫の薔薇を携えた真澄が座った。 紫の薔薇と北島マヤの関係は、芸能関係者の間ではかなり有名な話だったから、真澄が手に持つ薔薇に気付いた周りから、徐々にさざめきが広がる。 そして何より、真澄の憑き物が落ちたような清々しい表情に、以前の彼を知る人々は、一様に驚いた。 試演ということで、自由になる座席はかなり限られていたが、マヤたっての願いで、由布子をはじめとする知人友人の席も用意されていた。 皆、固唾を飲み、マヤの一挙動を、紅天女の行方を見守る。 全ての人を魅了する天女。 小野寺グループの紅天女も勿論素晴らしかったが、ビジュアルに頼り切らず精神世界を構築した黒沼グループの紅天女は、既に芝居の域を超越していて、それは既に甲乙をつけるというレベルの話ではなかった。 観客全てが、戦乱の世にトリップし、リアルな臨場感を体験した。 病気をおして試演の審査に現れた月影千草は、演技をも凌駕したマヤの有り様に、ふっと笑みを浮かべた。 “マヤ、私が教えることは、もう何もないようですね…” 時を感じさせないまま、あるいは時の流れのたゆたう末に、黒沼グループの試演は終了した。 長い静寂の後に、嵐のような拍手と地鳴りのようなどよめきが、会場に満ちる。 次々と端役から順に、キャストがカーテンコールに登場する。 舞台に現れた一真役の桜小路が、右手を高く掲げてタイトルロールの登場を促した。 役柄がまだ抜け切らぬ様子で現れたマヤは、舞台の中央に立ち、会場に鳴り響く割れんばかりの拍手に、会場の隅から隅までをゆっくりと見回す。 そして、最後に会場のほぼ中心に位置する真澄の席を真っ直ぐに見つめ、おもむろに両手を前方へ広げた。 真澄は、拍手をするのも忘れ、思わず身を乗り出す。 今、確かに、抱きしめあっている。 心が触れている。 マヤは、その手をそっと抱きよせるように胸の前で交差させ、満員の観客に向けて、ゆっくりと深く、頭を垂れた。 拍手鳴り止まぬ中、緞帳がゆっくりと下りる。 その刹那、マヤは心から思った。 “この世にある全てを愛しています。悲しいことも、苦しいことすら、全ていとおしい…” ――そして、マヤは、その場に崩折れた。 07.30.2006 ![]() |
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