![]() |
| written by めぐ
|
|
◆第16話◆ 車を病院の駐車場に停めると、すぐに由布子が青い顔をして走ってきた。 「速水さんっ!実は今朝からマヤさんの姿が…」 そこまで息せき切って話したところで、助手席にちょこんと座っているマヤに気づき、由布子はへなへなと崩れ落ちた。 「あ、由布子さん…心配かけちゃったんですね。ご、ごめんなさいっ」 おろおろしながらマヤは慣れないシートベルトを外して、車を降りる。 由布子は、マヤに飛びつき、抱きしめ、泣き出してしまった。 「まったくもう、マヤさん……ああ、本当に無事で良かったぁ」 マヤも、先ほどようやく止まった涙がまた溢れ出てきて、二人して声を上げてひとしきり泣いてしまった。 その隣で微笑ましげに二人を見つめる真澄。 二人が落ち着いた頃合いをみて、真澄は声をかけた。 「ちびちゃん。とりあえず、柴田さんと一緒に一旦病室に戻りなさい。俺は、先生とちゃんと話をしてくるから」 「はい、すみません」 「マヤさん、朝ごはんも食べずに行方知れずになるだなんて。ちゃんと取り置きしてありますから、まずはしっかり腹ごしらえして下さいね。その後、じっくりお話を聞かせていただきますからね」 「うっ、本当にごめんなさい…」 ![]() 結局、その日にマヤは退院することは出来なかった。 実際問題として、マヤは退院できそうなほどに心身が復調していたのだが、退院後のフォローが難しい上に、万一再発した場合にやっかいなことになりかねず、真澄が病院に掛け合って、退院を逆に延期させたのだった。 その代わり、リハビリに加え、芝居の稽古がいつでもできるように、十分なスペースを確保した。 青木麗を見舞いに連れてくることをマヤに約束し、早くに母親を亡くしているマヤが由布子に存分に甘えることで心の傷が少しでも癒えるよう、ますますの便宜を図った。 ![]() その二週間後、麗はマヤの見舞いに行くべく、誘われるままに真澄の車に乗っていた。 最初に挨拶をしてから、何とも言い難い沈黙に満ちる車内。 「あの、マヤはもう大丈夫なんでしょうか?」 おずおずと切り出した麗に、真澄は言った。 「随分快方に向かっているよ。安心してくれていい。すっかり病院内は稽古場の様相だと、介添婦も半ばあきれているらしい」 最近のマヤの様子を報告してきた由布子の口調を思い出し、真澄はふと笑いを漏らした。 その様子に、麗は安堵の溜息をつく。 「君は、マヤの家族のようなものだな。そこでひとつ、聞いてもらいたいことがあるのだが」 「何ですか?」 「今回マヤがあんなことになった原因のひとつは、どうやら俺自身にあったようなんだ。本当に済まない。彼女は、俺が匿名で紫の薔薇を贈っていたことに、以前から気づいていたらしい。それに気づかなかった俺が、良かれと思ってしたことが、結局のところマヤの心を追い詰めてしまっていたようなんだ」 「…何故、貴方は、マヤに紫の薔薇を贈っていたんですか?」 「最初は、純粋に彼女の芝居への情熱に感動して、思わず花を贈った。その花屋にあった紫の薔薇が綺麗だったから、たまたま選んだ。その後もずっと彼女のことが気になり続けたが、俺の立場では名前を出すことは叶わず、やむなく匿名にしたんだが……結局、名乗るに名乗れないことをしてしまってから、“紫の薔薇の人”という幻が一人歩きを始めてしまった」 真澄は、顔を歪めて、過去を振り返る。 深い悔恨が見て取れるその横顔に、麗はかける言葉もない。 「―――マヤを愛しているんだ。…もうずっと前から。マヤには恨まれて当然なことをし続けてきたから、まさか彼女も俺のことを気にかけてくれているとは露知らず、今から思えば彼女には随分と酷いことをしてしまった」 「そ、そんなことって…だって、貴方は他の女性と婚約しているのでしょう?今更、何を言っているんですか?」 「マヤの心を取り戻すためなら、会社の為の心無い婚約など、必ず破棄してみせる。実は、もう先方に破談の申し入れはしているんだ。業務提携の兼ね合いがあるから、今日の明日のではすんなり解消できないが、もう目処はたっている」 あまりの話の内容に呆気に取られている麗に目を遣り、一呼吸をおいて続きを話し出す。 「話というのは――本当なら、こんな車の運転中に話す様な事ではないのだが――婚約を正式に破棄した後、もしマヤに受け入れてもらえたら、彼女の一生を支えて共に生きたいと思っている。本来なら、事前に親御さんへ挨拶をすべきなのだが……俺が…見殺しにしてしまったから……彼女の家族ともいえる君に、まず許しを請いたいと思って」 「マヤの為に、婚約を破棄するんですか?仕事の絡みもあっての婚約なのでしょう?仕事人間の貴方が、会社がどうなってもいいと?」 「どうなっても良いという訳ではない。俺も会社の経営者として無責任なことは出来ないのは重々承知している。だが、それ以上に、マヤが、マヤらしく生きていってくれなければ、俺は……俺こそ、生きている意味がないんだ」 一瞬、盛り上がった感情に言葉を途切れさせながらも、努めて冷静に話そうとする真澄の誠実さに、麗は心を打たれた。 今までいろいろあったけれど、この人なら、信じられる。 「…それが、マヤの為になるのなら、私は何も言うことはありません。許すもなにも…私のほうこそ、マヤをよろしくお願いします」 「―――ありがとう」 実に心のこもった感謝の言葉だった。 07.25.2006 ![]() |
| next / index / present top/ home |