written by めぐ









◆第15話◆



何故?と問うた後、すっかり黙りこくってしまったマヤを見つめ、真澄は先ほど車中で繰り広げたシミュレーションに想定外が生じたことに対するシミュレーションをし損ねていたことに気づく。
やおら咳払いをひとつしてから、言った。

「ともかく、車に乗りなさい。一旦病院に戻って、正式に退院許可を貰えば済むことじゃないか。その後ならアパートにでも稽古場にでも送り届けてやるから」

「でも…」

躊躇するマヤの手をおもむろに取ると、助手席側まで促し、ドアを開けてやる。

「どうぞ、お嬢さん」

「…でも、ご迷惑ではないですか?」

「このまま君が一人歩いて帰るほうが、迷子になってやしないか心配で、心臓に悪くてかえって俺には迷惑だぞ」

「はぁ」

何とも中途半端な相槌を打って、マヤはおずおずと助手席へ座る。

ここから病院までは、車でなら大した距離ではない。
だが、ひょんなことから転がり込んできたドライブに、二人とも内心ドキドキものである。

開け放った車窓から気持ちよい風が吹き込む。
幸いなことに、後続車は皆無だ。
真澄は、先ほどより更に速度を落として、早秋の景色をマヤと分かち合おうとした。



「ごめんなさい」

暫しの沈黙の後、マヤは言った。

「何が、ごめんなさい、なんだ?」

「だって、病院の手配から何から、全部速水さんにしていただいているのでしょう?こんなに迷惑をかけてしまったのに、私には何もお返しすることができないですから」

「俺が好きでやっていることだ。君が謝る必要はなにもない」

一瞬、”好き”という言葉を自分の都合の良いように取り違えそうになったマヤは、思いっきり頭を振る。
その様子に苦笑いを浮かべた真澄は、わざと軽い調子で続けた。

「そんなに頑なにならなくとも、君の紅天女をいつか拝めると思うだけで、俺は報われるんだから、何も気にする必要はないさ」

「でも……私は阿古夜になれないかもしれない。あんなに投資してくださったのに、何も返せないかもしれない」

「投資とは思っていないさ。俺が好きでやっていることだ」


また、だ…。
マヤは、覚悟を決めて、意識的に笑いながら―それはかなり歪な笑顔だったが―、言った。

「『好きでやっている』って…やだ、私ったら、変な勘違いしちゃうじゃないですか?そんなこと、冗談でも言っちゃ駄目ですよ」

「何故、駄目なんだ?」

「だから、紫織さんに悪いですってば。“好き”って言葉は、紫織さんの為だけに使ってあげてください」

「どうしてそんなことを言う…」

「どうしてって……理由を言ったら、ますます速水さんにご迷惑をかけることになりますから」


マヤの声が段々尻窄みになっていく。
真澄は、再び車を路肩に寄せて停車した。
サイドブレーキを引き、ハンドルを両手で押さえつけながら、マヤの方に顔を向け、言った。

「マヤ、聞いてくれ。…俺は、君が幸せに生きていてくれれば、本当にそれだけで全て報われるんだ。そのためなら、何だってする、いや、させて欲しいんだ」

「な、何を言っているの?速水さんは、紫織さんと結婚するのでしょう?いくらファンだからって、私のことなんて、もう構っていては駄目ですよ」

「そんなことは関係ない!君が…俺の全てなんだ」

「…だから、駄目ですってば。…折角、諦めたのに、そんなこと言っちゃ……」

マヤの声が、みるみる揺れる。
目を合わせないように俯くマヤの頬を、真澄は右手を添えてそっと起こす。
途端に、円らな瞳にキラキラと湛えられた透明なものが、雫となって真澄の手に伝う。
その瞳の中に、真澄はマヤのうちに潜む本心を、ようやく見つけた。


「マヤ。俺にはこんなことを言う資格がないのは、百も承知だが、言わせて欲しい。―――愛している。ずっと前から、君だけを愛している」

「…だから、駄目ですってば…」

あくまでも目を逸らそうとするマヤに、真澄は自身を縛るシートベルトを外し、体ごと向けた。

「何が駄目なんだ?」

「…だから、速水さんの今の魂の片割れは紫織さんでしょ?私には、もうこの世に魂の片割れはいないんです。私の魂の片割れは、他の人と結ばれる運命にあるから。でも、いつか……きっと天涯でなら結ばれると……信じているから、私は…もう、大…丈夫、なの…」

「マヤ…」

嗚咽を漏らさないように必死に耐えている様子に、思わず真澄はマヤの両肩を掴む。
ぎこちない微笑みの上を、とめどなく流れ落ちる雫が、何とも痛々しくて、真澄は切なさに胸が塞がれる。

マヤが無くしたものとは、ひょっとして“俺”のことなのか?


今は、まだ迂闊に何の約束も出来ない。
確実なことは何も言えない。
だが、マヤを守るためなら何でもする、いや、してみせる!


―――このとき真澄は、鷹宮との破談を決意した。






07.22.2006


…to be continued









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