written by めぐ









◆第11話◆



真澄は、相変わらず多忙な毎日を送っている。

マヤのことは気になりながらも、なかなか病院まで駆けつける時間がとれず、あれ以来彼女と顔を合わせずにいる。

由布子からの連絡では、マヤは、今はひたすらリハビリの日々だという。
何ヶ月もほぼ寝たきりだったから、日常生活が支障なく出来る程度まで体力を戻すだけでも、それはかなり辛いものになるだろう。

ただ、心の完全な解放は、未だなされていないらしい。


聖には、マヤの病室に紫の薔薇を時折にでも贈るように、指示を出した。
会いにいけないのなら、せめてマヤにあの香りに包まれていて欲しいという、自分勝手な思いからである。












季節は過ぎ、夏も盛りのある日。
白い入道雲が所々光を受けて浮かぶ空は、底抜けに青い。
陽射しの鮮やかさに、全ての陰影のコントラストが際立つ。


聖は、真澄から託された花束を携えて、直接マヤの元へ訪れた。
真澄からは、マヤが紫の薔薇の人の正体に気づいているらしい、と聞かされていたが、兎も角自分の目で確かめなければと思う。

長年二人の間を繋いできた聖は、二人の行く末が幸せなものであるようにと願う。
真澄の苦しい心の内を知るからこそ、マヤに対しても、ある種の責任のようなものすら感じている。
そして、僅かな望み。

あるいは、自分になら、マヤ様は心の内を打ち明けて下さるかもしれない。
それが、快方へのきっかけにでもなれば。

聖が病院に到着したとき、マヤは、由布子に付き添われて、病院の中庭をゆっくり散策していた。
大分足取りはしっかりしてきているようだ。



「マヤ様」

暫く様子を伺った後、少し離れたところから、声をかける。
マヤは、ゆっくりと振り返り、驚きの表情を浮かべる。

「ご無沙汰しておりました。あの方より、これをお預かりして参りました」

後ろ手に隠していた紫の薔薇の花束をそっと差し出す。

マヤが、ふわりと微笑んだ。

「聖さん……もう、二度とお目にかかれないと思っていました。有り難うございます」

「随分お元気におなりですね。安心いたしました。あの方も、さぞやお喜びのことでしょう」

「…いえ……あの方には、速水さんには多大な迷惑をかけてしまって…」

「迷惑だなどと思っているはずはありませんよ。不肖ながらこの聖が、保証致します」


マヤ様は、やはり紫の薔薇の人の正体にとうに気づいているのだ。
それならば、話は早い。
いっそ、真澄様のお気持ちをお伝えしてしまおう。
出すぎた真似をするなと後で怒鳴られようが、構わない。

聖が最適な言葉を選ぶ間に、ふと降りた沈黙を、マヤが破った。

「ここへ入院させてくれているのは、速水さんなのでしょう?…もう、何の演技も出来なくなってしまったのに、もう何の投資の価値もないのに。本当はもう、紫の薔薇をいただける価値などないのに……価値も無く見捨てられたのに。私がこんな風になってしまったから、優しい人だから責任感で良くして下さるのでしょう?………本当に、もう、申し訳なくて……」

マヤは、目にうっすら涙を浮かべながらも、必死に繕った笑顔で、時々瞼を痙攣させながら、途切れ途切れに話す。

聖は、その言葉に唖然とした。

何ということだ…。

「マヤ様は、申し訳ないなどと考えずに、ただゆっくり療養なされば宜しいのですよ。マヤ様の快復こそがあの方の喜びなのですから」

「いいえ。速水さんには紫織さんがいる。私のことなどもう役立たずな女優としか、本当は思っていないはず。だって…」

聖が差し出したままの花束を寂しげに見遣り、続けた。

「だって。薔薇の花には何の罪もないのに。私のこと呆れちゃったから、思わず踏みにじってしまったんでしょう?いくら何でも、そこまでされたら、もう嫌われているって判るもの」

「それは、違うんです!あの方にもいろいろな事情が…」

「私には、もう何も残ってないの。大好きな紫の薔薇の人も、こんな私を見捨ててしまった。それでも私にはお芝居だけは残っていると思っていたのに……どうしても人前に出られなくなってしまって……だから……私は、もう居ても仕方がないんだと思うの。私には、もう何も残ってないの」

「決して真澄様は、貴方のことを見捨ててなどいらっしゃいま…」

「だから、もう気を遣っていただかなくても大丈夫です。速水さんが余計な責任を感じてしまわないように、もう女優は続けられなくても、何とかひとりで生きていきます。聖さんにもいろいろお世話になりました。このご恩は一生忘れません。今まで本当に有り難うございました」

マヤは、聖の言うことに聞く耳を持たず、一方的に話し終えると、深々と頭を下げ、紫の薔薇を受け取ることなく踵を返した。
少し離れた場所で様子を伺っていた由布子が、慌てて後を追う。

聖が、何と声をかけるべきか躊躇していると、ふと立ち止まったマヤが後ろを向いたまま、やがてぽつりと言った。


「速水さんには絶対言わないで下さいね。私……速水さんが魂の片割れだと思っていたんです。ふふっ。ホント莫迦みたいでしょ?」


聖は、一瞬、耳を疑った。


「マヤ様、それは……」










07.11.2006


…to be continued









next / index / present top/ home