written by sui |
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□□第5話□□ 物音ひとつしない静けさが支配する。 マヤの空気を感じるのに、そこにマヤがいない。 勢いも手伝って必死になっていたとはいえ、誰もいない部屋に勝手に入るのはさすがに気まずく居心地が悪いものだ。 真澄は脱いだコートとジャケットを椅子の背に掛けると、高ぶった想いと呼吸を落ち着かせるようネクタイを少し緩めた。そしてもう一度ありもしない気配を探すように目を閉じる。 自分が来ると知ってどこかへ出かけたのか。 最後に送信したメールはまだ読まれていないのか。 どんな事にでも冷静に対処できるはずの自分が途方に暮れる。 散々電話もメールもしなかった自分がだ。 逢いたい。 声が聞きたい。 抱きしめたい。 返信のない携帯を発信させ、祈るような気持ちで耳に当てる。 すると、その呼び出し音より遥かに騒々しい物音が転がるように近づいてきた。 10コール目。 繋がらない携帯は、着信音を鳴らせたまま目の前に現れた。 ![]() 呆然と顔を見合わせ沈黙に身を任せること数十秒。 真澄はゆっくりと携帯を離すと、視線を固定したまま無言でそれを畳んだ。その流れるような動作が場違いなまでにきれいだとマヤは思う。 マヤの手の内から奏でられたオルゴール音が消えると、一言も喋らない部屋にマヤのあがった息遣いだけが存在を示していた。 逢うのが嫌になって家を出た訳でもなく。 むしろメールを読んで急いで戻ってきた様子がうかがえる。 それならどうして携帯にでないのか、と真澄の中で漠然とした疑問が浮かぶ。 「おかえり」 「たっ、ただいま...です」 緊張した声で奇妙な返事をするマヤに、真澄は堪らず噴き出した。何から伝えればいいのか迷っていたマヤも、真澄が笑ってくれたことに恥ずかしいながらも安心した。 「忘れてると思ってた...覚えていても来てくれないって思ってました」 半分嘘で半分本当。真澄が約束を忘れたりはしないとマヤにも分かっていたが、初めて真澄と一緒に過ごすはずの休暇を自分で台無しにしてしまった負い目が諦めにも似た気持ちを助長させる。 「おれは約束は守ると言っただろう...大遅刻だけどな」 肩をすくめて喋る真澄に、マヤは顔を左右に振って否定した。 「そんな...あたしこそ、ごめんなさい」 今度こそちゃんと話をしようとしたマヤの唇に、真澄は人差し指を立ててその続きを遮る。今更蒸し返さなくても十分過ぎるほど分かっているし、真澄はマヤを責めてはいない。むしろその矛先は自分へ向かっていた。 「もう謝らなくていい。それに... そんなに謝られると、おれも言わなければならなくなる」 不安げに首を傾げて見上げるマヤの頬に手を添えると、また勘違いをしているマヤに真澄は小さく苦笑う。 「嫉妬した。信じられないかもしれないが... ふたりに嫉妬してたんだ。すまなかった」 大人な真澄にはあまりにも似合わない言葉で、その心底意外な感情をどう受け止めて何と返事をすればいいのかマヤは戸惑う。真澄はそんなマヤの頭をポンポンと優しく撫でた。 「ところで、どこかへ出かけていたのか?」 「えっと...近くのコンビニに」 河原から一目散に走って帰ってきたマヤは、きれいに揃えられた革靴の横に自分の靴を脱ぎ散らかしたまま部屋へと飛び込んできたのだ。当然鏡を見る余裕もなく、おでこ全開ボッサボサになっているはずの髪を手遅れながら両手で押さえる。 しどろもどろな説明は、嘘ですと自分から白状しているようなものだが、続きに困っているマヤを意に介さず、真澄は語尾の小さくなるそれに付き合った。 「確か自宅謹慎中だったはずだが」 ただでさえ苦しい言い訳に、イタズラという重りをぶら下げてみる。思ったより効きすぎた所為か、適当な理由が見つからないマヤからはうなり声しか聞こえてこない。 「時間切れだ、バカ娘。やはりきみは目が離せないな。 水城くんが休暇をくれた。罰として明日一日おれに付き合うこと」 「でも、明日はあたし...」 マヤの手の中で携帯が着信を告げる。優しい笑みを浮かべたままの真澄から顔を逸らし、それを開けるとマネージャーの名前が表示されていた。 「マヤちゃん。水城さんから聞いてると思うけど、明日のドラマの読み合わせ、明後日に変更になったから」 念のためにと朝から何回も電話を入れてきていたらしく、ようやく繋がったことに安心すると、相変わらず忙しなく電話は切れた。真澄にだけ着信音を設定していた事をすっかり忘れていたマヤが、ごめんなさいと言い終わらない内に。 「明日、あたしもお休みになりました」 「知ってる」 業務連絡のような物言いは、全てを見通したような態度で返される。 それはついさっきまで自分と同じ位置にいたはずの真澄が、また手の届かない大人に戻ってしまった風に感じられ、全然関係の無いことを違った意味で悔しく思う。 「何か、ずるい。速水さんは何でも知ってるのに、あたしだけ何も知らなくて。そんなのずるい」 「社長特権だ、ちびちゃん」 「もうっ!ちびちゃんなんかじゃありませんったら!!あたしは...」 怒り出したマヤを余所にスッと手から携帯を抜き取ると、真澄は指であごを軽く持ち上げ細い腰に腕を回し引き寄せた。至近距離になった途端真っ赤になったマヤは、真澄の胸に衝立のように両手を当てて距離を取る。 「そうだ、もう大人だ。おれの恋人だ」 捕らえられた獲物のようだとマヤは思った。 綺麗な指先に、綺麗な瞳に、痺れるような甘さが疼き出す。 「愛している。誰よりも君を、愛してる」 想いを解き放つ魔法がかかる。 世界中で一番好きな人の声で、その腕の中で。 「あたしも...愛しています」 大きな手のひらに小さな花が美しく咲き誇る。 額と額をくっつけて、その幸せに微笑みあう。 ふたりに今、春が来た。 04.16.2006 ![]() □suiさんより□ 杏子さま、ESCAPE3周年、おめでとうございます。 呼吸も忘れそうなくらいドキドキしながら、いつも楽しく拝見 させていただきありがとうございます。 「杏子さまの未発表作」に激しく揺さぶられ、お祭りに参加さ せていただきたいと思ったまではよかったのですが、お題を迷 う内にあっという間に埋まり、フリーではなかなか書き終われ ずで、それなのにこんなに遅くに置き逃げた物を温かく受け取 ってくださって本当に感謝しております。 このお話は、おそれ多くも杏子さまのweb拍手『ごめんなさ い』から超個人的に妄想に突っ走って書かせていただいた物で す。当時、『逢いたい。今、行く。』の行間と『、』にすごく ドキリとした事を今でも覚えています。どんな状況でどんな想 いでこう打ったんだろう、と。 皆さまが楽しみにされている杏子さまの作品に、自分勝手な話 をでっち上げた事、ここでお詫びさせていただきます。 そして、ここまで読んでくださってありがとうございました。 ![]() □杏子より□ 今やすっかり封印してしまった忘却の彼方の、私の拍手携帯ネタ。あんな駄文のキレッパシからこんな凄いお話が生まれるとはっ!!それだけでもあれ、発表してよかった、と少しだけ自分の肩を叩いてやる杏子です。 ご投稿受付の締め切りも過ぎたある日、ものすごーーーく控えめな恐縮の塊のようなメールとともに、それは突然ポストにドッカーーーンと届いておりました。初パロというその作品の、あまりの凄さに度肝を抜かれました。 拍手で読者の方が「桜小路を、チェリーとかコージとはとても呼べない雰囲気に仕立てたあたりも素晴らしく」と仰ってましたが、激しく激しく私もそれに頷いてしまいました。 丁寧な丁寧な心理描写の一つ一つに、表現の一つ一つに、心を引き止められながら、最後まで読ませていただきました。染みますね、ほんとに……。 suiさん、びっくり仰天初☆パロサプライズ、本当にありがとうございました!どうか、これからも書いてくださいね! |
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