written by sui




□□第四話□□





留守番電話にメッセージを残すのは苦手だ。

空気中に放たれた言葉は消せない。
後からどんなに修正したくてもできない。
心が離れる時も、それと同じなのかもしれない。


昨日一方的な発信と送信を繰り返した空しい携帯は、結局一度も自分で鳴らなかった。最後に送信した時間も覚えていない。開けたまま眠ってしまったのだろう。枕元にそのままの状態で転がっていた。
不思議なもので、こうも連絡が取れないと今度は自分から連絡ができなくなる。

諦めでもなく、投げやりでもなく、ただ怖い。

かけなければ、その瞬間なら繋がったのにと勘違いもできる。
話さなければ、決定的な言葉を突き付けられなくて済む。

電話しても、しなくても怖い。
携帯を開けるのが、何も連絡がないと知るのが怖い。

電話に出られないのか、出ないのか。
メールの返事ができないのか、しないのか。

(速水さん、きっと忘れてる)



畳んだ携帯を充電器に繋ぐと、マヤは寝室を後にした。














自分以外誰もいない部屋で、鳴らない携帯を待つ。
それに耐えられなくなったマヤは、身支度を整えると外へ出た。

急に殺人的なスケジュールから解放されるのも困りもので、今月いっぱい一角獣とつきかげのメンバーが上演しているアテネ座の前を通りかかると、あれだけ欲しかった休暇より舞台に立てる仲間が羨ましく思える。

結局行く当てのないまま、昔発声練習をしていた河原へと辿り着く。
傾き始めた柔らかな陽の光が乱反射して水面をキラキラと照らしていた。
そして引き寄せられるように、そのきれいな鏡をのぞき込む。

映し出された顔。
それは、美人でもなく、まして恋する女優でもなく。
ちびで平凡で、舞台を降りれば何の取り柄もない北島マヤで。

(やっぱり、つり合わないよね)

手元の小石を静かに水面へ落とす。
波紋が広がり、そして誰もいなくなった。


一緒にいるだけで、傍にいれるだけで十分だったけど。
叶ってしまった恋に、いつしか背伸びをしていた自分がいて。
叶うはずのなかった恋を、必死に繋ぎ止めている自分がいた。

ようやく決心すると、鞄に入れたままになっていた携帯を取り出した。



ちゃんと逢って謝りたかった。
ごめんなさいって、伝えたかった。
あなたが大好きですって、言いたかった。



そして指は器用に動き出す。
言葉にできないさよならに向かって。











「申し訳ありません」

早々に仕事を切り上げたにも関わらず、見事渋滞にはまった車は予定より遥かに時間をロスしていた。ひたすら恐縮する運転手を余所に、物思いに耽った真澄は緩やかに流れる車窓の景色を眺めていた。

「いや...」

逸る気持ちもあり、実際急いでいるのだが、会話にならない。
マヤを掴み損ねたあの時から、自分の中でまた何かが狂い始めていた。
制御できない自身の扱いに戸惑いもし、知らない自分を見るようで信じられなかった。
この罪悪感と歪んだ愛情と醜い嫉妬がない交ぜになった塊に、どう対処していいのか分からない。


『結婚する前に、どうしても...
ひと言だけ言わせてください。速水さん、あなたが好きでした』


試演後、マヤから予想外の告白を受け、この想いが通い合っていた事に喜び、付き合える事が夢のようだった。ふたりの関係はまだ公にするには早すぎて、一緒にいても所詮は社長といち所属事務所の女優という関係を堂々と否定できない。

それでも自分は幸せだった。
ありえないくらい幸せだった。

だが、マヤはどうだったのだろう。

確かに今朝までは仕事と移動でまともな時間帯に落ち着いて電話できる余裕はなかったが、送られてきたメールは全て読み終えていたし、その半端でない量にマヤの必死な様子が目に浮かぶ。そして謝られるたびにキリキリと胸が痛む。

自分の所為だとどうして責めないのか。

マヤは気づいていない。
もっと自由に恋愛ができることを。
相手が自分でなければ誰とでもできるということを。

その時、スーツの内ポケットが小さく震えた。
最悪のシナリオが最愛の人から届く。
入力された文字を一言一句間違いなく。
かつての自分のように容赦なく、一方的に。

手を放した方が幸せになれるのか。
それができないからこんなに苦しいのだと思い知る。

これ以上短くしようがない謝罪の返事を送信すると、ものの1分も経たない内に見えない線の向こう側で勝手に緞帳が降りようとしていた。



−−速水さん−−



車が交差点の信号待ちで停まった瞬間、確かに真澄はマヤの声を聞いた。
手のひらにある携帯からではなく、まるで空から舞い降りるように。
今探さなければ、永遠に戻らない。広くもない車内を塵ひとつ見逃さない真剣さで注意深く視線を這わす。

そして見つけた。


「降ろしてくれ!!」


運転手は発進しだした車を慌てて路肩に寄せる。

街頭に設置された大型スクリーン。
繰り返される化粧品の新製品キャンペーンCM。
スローモーションで微笑みかけるマヤがそこにいた。



−−速水さん−−



出会えば互いに惹かれ合い求めあう。
孤独を知り、愛を気づかせた。


『過去形なのか?』


嬉しすぎて、信じられなくて。
つい挑戦的に返事した過去の自分が問いかける。
憎らしいまでに挑戦的に、今の自分を試すように。

(終わらせない)

切れかけた線を手繰り寄せる。
理由も言い訳も、余計な物は全て捨てて。


「ありがとう」



真澄は人混みに消えていった。
幻を目にした運転手をそのままに。









04.15.2006






…to be continued













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