written by sui |
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□□第3話□□ 恋は人を強くする。 恋は人を臆病にする。 一夜明け、冷静になったマヤは再び大都芸能へやって来た。 (ちゃんと話さないと) 昨日水城になだめられ自宅まで連れて帰ってもらったのだが、社長室を飛び出した後の記憶は酷く曖昧だった。浴びせられたフラッシュと差し向けられたマイクに飲み込まれそうになっている自分が他人事に思えるほど。 「友達です」 熱愛とは程遠い声に一気に潮が引く。別れ際、水城がもう大丈夫だと言っていたのが大都芸能の所為かマヤ自身の所為か分からないが、確かに何事もなかったかのように自分の周りは日付をまたいだだけで静けさを取り戻していた。 「マヤちゃん?」 よし、と気合いを入れたちょうどその時、玄関口に向かっていた水城がマヤを見留めると、一緒にいた人に一声掛けて心配そうに近寄って来た。 「あの...昨日は本当にありがとうございました。それで...速水さん」 奥歯に物が挟まったような物言いが終わらない内に、察しの良い水城の表情が曇る。 「社長は今朝から出張よ。明日の夜までお帰りにならないわ」 「そう...ですか」 顔が強張る。鼓動が加速度をつけて波打つ。 (知らない、聞いてない...速水さん!!) 「いらっしゃい、送るわ」 −−見離された−− 無言で頷くのが一杯いっぱいで。 その事実が、ただただ、ショックだった。 ![]() 折り詰めの弁当とペットボトルのお茶を前に気分が沈む。 ちゃんと食べなさい、と水城から手渡された袋には二食分違う種類の物がそれぞれ入っていて、彼女らしい細やかな気遣いまで見て取れる。 帰ってから30分おきに同じ内容のメールを同じ場所にうずくまって送る自分はまるでストーカーのようだ、とマヤは思う。 真澄が多忙なのは十分過ぎるくらい分かっているし、いちいち自分に説明する必要もないのだけれど。 ケンカしたままで不安にならないのかと思うと寂しい。 どうなってもいいと思われているのかと想像するだけで苦しい。 そもそもケンカにすらなっていないんじゃないかと考えるだけで辛い。 そんなこんなで握りしめていた携帯をテーブルに置いて弁当に手を付けようとしたのは、お昼もとうに過ぎた頃だった。 食事をするという極日常の行為は、静まりかえった自分の部屋にいるのを再認識させ、本当にひとりぼっちになった気を起こさせる。 慌てて手元のリモコンでテレビを点けると、音量を上げてその無数の声で部屋を埋め尽くさせた。 「友達です」 見もしなかったテレビから、聞こえてくるはずもない自分の声が突然あり得ないような音質で飛んできて、ようやく動き出した箸も止まる。 首から上だけをその信じられない方へ向けると、昨日マヤが大都芸能の前で報道陣に捕まった時の映像が流されていた。 ワイドショー番組のコメンテーターやキャスターやらが、破局だの交際中だのとそれぞれの持論を展開して、ああでもないこうでもないと好き勝手な事を口にする。 しかし、マヤにはそんな会話は一切耳に入ってこず、ただひたすら画面に映し出された自分の顔を穴があくほど見つめていた。 (酷すぎる) 虚ろな目に涙まで流して、立っているのがやっとのように、肩を支えてくれた水城に寄り掛かっていた。曖昧な記憶しか残っていない自分に、これでもかと昨日の自分が繰り返し再現する。 テレビを消す勇気もなく、これ以上昨日の自分を見る気もなく、チャンネルを替えると皮肉にもそれは今一番見たくない自分だった。 “−恋、してみませんか−” 紅天女効果が意外なところにも発揮され、年明け早々化粧品のイメージキャラクターという全く無縁に思っていた仕事が舞い込んだのだ。 繋いでいた手を放し、花畑へと駆けて行く。 軽やかに揺れる真っ白なシフォンドレス。 春の陽の光を受けた柔らかな長い髪。 振り返り、大好きな人へ微笑みかける。 みずみずしい唇に春色をまとって、この上なく幸せな自分がそこにいた。 大好きな人、それは間違いなく真澄で。 手を繋いでいた相手は、思い描いた真澄なのに。 恋をするどころか、連絡すらまともに取れない。 事実と事実が意図的に合成された誤報だというのに。 (立ち直れない) 昨夜からの浅い眠りも手伝って、気力を根こそぎ持っていかれる。 今度こそテレビを消すと、マヤはテーブルの上に突っ伏した。 ![]() 何の前触れもなく携帯はブルブルと震え出す。 うたた寝していたマヤが無意識のうちに掴んでいたそれは、持ち主の状況などお構いなしに手の中で小刻みに着信を告げた。 (ん......?) 数秒後音がしそうな程バチッと目を見開き体を起こすと、祈るような気持ちで大声を出した。 液晶画面に表示された相手の名前など見る余裕もなく、ひたすら必死に。 「もしもしっ、もしもしっ!!」 「待って、切らないで!!」 「聞こえてるよ...マヤちゃん」 「はっ...え?」 勢いづいている口は、声も呼び方の違いも素通りして、思わず真澄の名前を叫ぶところだった。電話越しから懐かしい笑い声が引っ込むと、仕切直すような真面目な声がその用向きを先読みさせる。 「ごめん、マヤちゃん」 「そんな、謝らないで。あたしは平気だから」 「今日、楽しみにしてくれてたのに。ごめん、ぼくの所為だ」 昨日真澄からキャンセルを言い渡されていなければ、桜小路が出演する映画監督が撮影した映画のプレミア試写会の会場にいる時間だった。その映画の話は最後に会った日に聞いていたし、招待も受けていたのだ。 「ううん。あたしの方こそ、行けなくてごめんなさい」 きっと真澄の指示を受けた水城が昨日の内に自分の代役を選んで行かせているだろう。その作業が昨日の事務的な態度を思い出させて、底なしの寂しさに襲われる。 「ぼくの映画の試写会にはきっと来て」 「桜小路くん...」 言外に励ましてくれる優しさが、カサカサに乾いた心に染み込んでくる。 こんなに気を遣ってもらって、申し訳なくて泣きそうになる。 「約束だよ。ごめん...時間だ、じゃ、またね」 「うん、ありがとう」 途切れた電話の向こうへもう一度お礼を言うと、マヤは繋がって欲しいただひとりの人だけに着信音を設定した。 ![]() 相手先との会食を終えて夜遅くホテルに戻ると、真澄は水城の携帯へ電話を入れた。 特段急を要する訳でもない、水城なら指示を出さなくても良さそうな仕事の話をした後、一番聞きたかったことをついでのように口にする。 「何か変わったことはなかったか?」 電話越しに小さくクスリと笑い声が漏れ伝う。こういう時、何でもお見通しな秘書ほど厄介なものはない。 「二件ございます。まず、今日北島マヤが社にまいりましたが、自宅まで送り届けました」 要点だけを話しているのだが、わざと肝心な箇所を省いているのは明らかで、それでいてこちらから聞けないのを楽しんでいるかのように思えて癪に障る。 「もう一件」 「何だ?」 いちいち丁寧な物言いがまどろっこしく、自然語尾も上がる。 電話という物は繋がる時と相手を間違えると便利なようで不便だ、と真澄は思う。どれだけ不機嫌になろうが、相手の独壇場で事は進む。 「スケジュールの変更です。明後日予定されていた会議も会食も来週に延期になりましたので、ご一緒にゆっくりとお休みくださいませ」 飴とムチを同時に使われて、真澄は言葉に詰まる。 有能な秘書は率直で遠慮も何もないが、本当によく気が回る。 「以上です。他にご用件がございましたら承りますが...」 「いや、いい。ありがとう」 刺々しいビジネスライクなその下に、画鋲まで撒かれては堪ったものではない。楯突くのが無駄なら早々に中断させる方が賢明だ。 「いえ、これも秘書の仕事ですから。それでは失礼します」 切れた携帯を畳むと、真澄はベッドへ仰向けに倒れ込んだ。 数え切れない着信履歴と、溢れかえりそうなメールボックスをそのままに。 04.14.2006 ![]() |
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