written by sui |
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□□第二話□□ 大都芸能社長室。 真澄は火の付いたタバコを手に、ガラス越しに見える景色を睨み付けていた。水城の持ってきたコーヒーは手も付けられないまま、とうに冷め切っている。 “北島マヤ熱愛発覚!!『彼は大切な人です』” “北島マヤ、桜小路優と深夜デート!!” “魂の片割れ!!『彼を待ちます』” 大きな見出しと都合良く貼り付けられた二人の写真。 週刊誌にスポーツ紙、ふたりの記事が掲載されたありとあらゆる物が、真澄のデスクの上に散乱していた。 “北島マヤ×桜小路優”という今や大都芸能の看板役者のふたりに、対談の仕事が入っていたのは水城から報告を受けていた。眠りから覚めた紅天女の人気は想像を絶するもので、桜小路の渡米前に初演の集大成と再演に向けてふたりのコメントを載せることに当然異論はない。 一度も吸わなかったのに短くなったタバコを灰皿に力任せに押し当てる。 グチャグチャになったそれは、最後に一筋の煙を立ち上らせた。 その抜け殻はまるで醜く歪んだ自分のようだと真澄は思う。 革張りのチェアーに乱暴に体を預けると、何も映すことを拒否するかのようにきつく目を閉じた。 全身がバラバラになっていく感覚。 融通のきかない想いが理性を崩壊させる。 マヤが他の誰かのものになったら、確実に狂う。 冷血漢と言われる仮面の下できれいに隠されてきたはずの想いは、後戻りできない所まで自分を追い込んで、それでもなお諦めきれないと思い知らされた。 手放せない想いなら、1%の可能性に自分の全てをかけてでも貫きたい。 そうして水面下で破談に向けての準備が始まり、試演後鷹宮家との騒動で予想されうる損害は出たものの、本公演後晴れて自由の身となったのだ。 桜小路の想いなど、とうの昔から、自分の想いを自覚する前から知っている。ふたりの仲の良い写真どころか、そんな姿は目の前で嫌になるほど見てきた。今でも脳裏に浮かぶと、それは刺すような痛みを伴って鮮明によみがえる。 ふたりの仲を公にできていれば、こんな不安に駆られないのか。 それを強いているのは他ならぬ自分の所為だということに、もはや溜息しか出ない。 ![]() コンコンと聞き慣れたノックの音で真澄は重い瞼を開けると、意識をそこへ集中させる。ゆっくりと開いたドアから、いつも通りの水城が何ら変わりなく社長室へと入って来た。ただしドアは開けたまま。 「北島マヤがまいりました」 無言で射すくめるように鋭くなった視線に、水城はその先を肩越しに目だけで追うと、小さな体を更に縮めるように入口に佇んでいるマヤへと辿り着く。 一挙手一投足とまではいかないにしても、マネージャーを通して水城に、水城を通して真澄にも事の経緯は伝わっている。ましてふたりの微妙な関係は、マヤに自覚がなかったとはいえ、先の見えない綱渡りのように危うく見えた。不器用だけれど真っ直ぐなマヤに真相など聞くまでもなかったのだが、これで真澄とマヤがつき合っていなければ、と思うと想像するだけでも背筋が寒い。 真澄に背を向けて小さく息を付くと、その視線を遮るようにドアへと歩く。朝から知ってか知らずか周囲を威圧する態度にうんざりしていた水城だが、事色恋沙汰になると負けず劣らずな不器用さを発揮するその間に立って絶えず見守ってきた所為か、そうすることがある種義務感の域にきていた。 (本当に仕方のない子ねぇ) しょげているマヤを見ると、つい姉のような気持ちにもなる。中途半端な所に突っ立っていたマヤを中へ入るように促すと、後ろに回ってその小さな背中を軽く押し出した。 早々に大都芸能からのコメントも出し、本人も十分反省している。あと解決しなければならないのは、当人同士のわだかまりだけだった。むしろそれが一番やっかいだったりするのだが。 「それでは真澄さま、会議は10分後でよろしいですね?」 無言を肯定と受け取って一礼すると、水城は静かにドアを閉めて秘書課へ戻って行った。 ![]() 付き合う前の周囲を巻き込んだ騒々しい言い合いが嘘のように、付き合い始めて日の浅いふたりにケンカらしいケンカはまだ一度もない。ふたりしかいない社長室でどちらとも黙りこくった奇妙な空間に、真澄の長い指先が机を叩く音だけが苛立ちを込めて規則正しく響いていた。 自然マヤの体は益々縮こまる。目線も下がる。 真澄まで何も遮る物がないというのに視界はせいぜい自分の足下で、 それも取りあえず目に映っているというだけで、 フル稼働中の意識は綺麗な指一本に集中していた。 時を刻む唯一の音がピタリと止むと、そこに真澄の意志を感じてマヤの肩が小さく跳ねた。 「君はいったい何を考えているんだ」 待ち構えていたその第一声は所属事務所の女優のために用意されたありきたりな台詞であり、それでいてそこにあるはずの感情がどこかに置き去りにされた静けさを持っていた。 蛇に睨まれた蛙のように動けないでいたマヤは、散々に叱り飛ばされると思っていた分、突き放す冷たさを含んだその態度に少し戸惑う。 「ご迷惑をお掛けして、本当に...すみませんでした」 うつむいた顔を上げたマヤに、今度は真澄が視線を外す番だった。 目の前にマヤがいるというだけで、二次元の写真が想像を交えて三次元の情景を再現させる。その動揺は記事を見た時のそれと比べようもなく、無意識にきつく握りしめた手の内に嫌な汗をかいていた。 そんな目で見るな。 その手で触れるな。 それ以上近づくな。 ドロドロと歪んだ自身の嫉妬など知られたくない。 そんな大人気ない独占欲は、仕事上の絶対的な立場をもって形を変えてマヤを拘束する。 「言動には気を付けろとあれほど言っておいたはずだ」 試演前からとかく噂になっていたふたりである。スキャンダルではあるが、すでに周知の事実が今更のように公になったという程度で、商品としてイメージに傷が付くようなものではなかったし、そういった類はすでに対処済みだ。 『良い友達です』と事務所からコメントを出したところで、世間はそうやって誤魔化すものだと受け流すだろう。 「あの写真を撮られた日は本当にお茶してただけで...」 得体の知れない不安に突き動かされるように、マヤも辿々しいながら震える唇を動かす。 「コメントは...あれは先週の新ブランド発表会で再演に向けて... 速水さん、話、聞いてください」 一方通行なやり取りは、暗に存在そのものを否定する。 そんな疎外感に居たたまれなくなったマヤが、真澄へと近寄ろうとした時だった。 「明日の試写会はキャンセルだ」 有無を言わさず見えない手錠を掛ける。 自分の所為で恋も自由にできないマヤに。 もっともらしい振りをして、残酷なまでに事務的に。 「時間だ」 腕時計にわざとらしく視線を落とす。 用意された仮面を被ったまま、感情を押し殺して役を演じきる。 幕引きの台詞を口にして、真澄は早くこの重圧から逃れたい一心だった。 机の上から僅かにはみ出していた週刊誌の角が、椅子から立ち上がった拍子に軽く当たる。本物の役者を前にして、全てが敷いたレールの上は通らない。玉突きのようにスポーツ紙が押し出されると、重力に逆らいきれずふたりの間に小さな音を立てて舞い落ちる。 そこには桜小路がマヤの頬に手を添えている写真が掲載されていた。 ずっと所在なさ気にいたマヤが静かにそれを拾い上げると、身動きの取れない真澄を気にも留めず、写真の掲載された面を内側に折り畳んで散らかった机の中央にそっと置いた。 「好きな人にはもう好きな人がいるって分かってて...」 舞台を降りた役者は素顔に戻り、筋書きのない舞台の幕が開く。 誰にも、おそらくマヤも知らない結末に向けて。 ふたりしかいない部屋で途方に暮れる真澄を残して。 「それでも...どうしても知って欲しくて」 マヤにとって桜小路を否定するということは、過去の自分を否定することと同じだった。誤解を解くつもりで来たはずが、誤解のない所にまで誤解を生んで、舵の取れなくなった口はどれだけ子供じみた事を言っているのか分かっていながら止まらない。 「好きっていう気持ちを伝えることは間違ってますか?」 今日初めてまともに目を合わせた時には全てが手遅れで。 もうどちらにも相手の真意を汲み取る余裕は残っていない。 本当に言いたいことのひとつも言えず、思いもよらなかった言葉が落ちた後、ふたりを現実へと呼び戻すカーテンコールがドア越しに二回鳴った。 「失礼します!」 慌ただしくお辞儀をすると、マヤはドアへと走った。 振り向く瞬間マヤの手を掴み損ねた真澄は、勢い余って壁に椅子を蹴り当てたことに気づきもせずに後を追う。 「マヤ!待ちなさい!!」 震える体を支えるようにドアに手をついたマヤを、真澄は無理矢理にでも抱きしめたい衝動に駆られた。頑なに触れる事を拒否されても構わない、そう決めるまでの躊躇した僅かな間にその機会は泡と消える。 「もう、時間なんでしょう?」 涙声で真澄の幕引きの台詞を残すと、マヤは逃げるように去っていった。 迂回できた迷路にそれぞれが入口と出口から足を踏み入れたふたりは、例え壁を一枚隔てた所にいたとしても、気づくことができずにいた。 04.12.2006 ![]() |
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