written by RIBI & illustrated by RIN







□□第4話□□





「…久しぶり、だな。相変わらず、元気そうだ……」

しみじみとした響きでもってそう言われても、マヤは何の反応も示さず、返事もしない。
出来ないのだ。
今はただ、呆然と立ち尽くしたまま、ただひたすら目の前の彼を凝視することしか。

…何故、今、真澄がこんなトコロに、来たりする?
マヤは、まるでしばらく前の出来事のリプレイして見ているような、そんな既視感に襲われていた。田中を巻き込んで、かりそめに作り出した、マヤが長い間願い続けた、あの…夢の構図。
それとそっくり同じ状況が、今、またマヤの前に、ある。
だから、あの時の様に、ほんの少しのキッカケで、すぐにパチンと割れて消えてしまう気がしてならない。

この『彼』は本当に…真澄なのだろうか。
もしかして…、もしかして、田中…ではないのか?
だって、こんな事、あるわけない。
2年もの間、一度も会えなくて、それで、今になってようやく…自分から会いに行こうと、そう決心した矢先、まるで計ったように真澄の方から会いに来てくれるなんて、そんな事……
マヤは瞬きも忘れて、彼を見詰め続けていた。


マヤの、見るからに驚愕したその様子に、真澄は困ったように少し眉尻を落す。

「ずいぶんと…驚かせてしまったみたいだな」

僅かな苦笑を混じらせて呟やかれた、その声。間違えようもなく、真澄の声。
ずいぶんと驚かせて…、だって?
驚くに決まっている、と思う。当たり前だ、いきなりのこんな展開。
そんな文句も、今は胸で唱えるばかりで、マヤは彼から視線を逸らさずに、コクンと頷くだけで精一杯だった。
するとマヤの肯定に、真澄はさらに眉を顰め、どこか申し訳なさそうな表情になる。

「やっぱり…、そうか。君がショックを受けるだろうという事は、覚悟していたんだがな」

…ショックを受けるだろう? 何が、ショック? どれが?
2年前、何も言わずいきなり遠くに行ってしまった事?
それから今まで、全然、会えなかった事?
なのに突然、こんな風にいきなり会いに来た事?
そんなの、全部が全部、私にはショックに決まっているのに…っ!


茫然自失状態から脱したマヤの脳内は、今度は異常な興奮と混乱に襲われだした。
今、目の前にいるこの人に、会いたくて会いたくて、でも会えないで… 辛くて幾度も泣いた思い出が、走馬灯の様に次々とマヤの脳裏に甦る。鼻がツン…として、目の前の真澄の姿が、ぼんやりと滲んだ。
瞳を潤ませる彼女に、彼はいよいよ沈痛の面持ちになった。

「すまない。俺が…、この薔薇を持って来るなんて、君にはショック以外何者でも無いだろう」

………え?
続けられた言葉に、マヤに疑問符が浮かびそうになった、その途端、

「だが、どれだけ言い繕っても、これが真実だ。今日俺は、それを告白するために、此処へ来たんだ」

言って、マヤから目を逸らし、静かに視線を伏せる。
彼の腕に抱えられた、大きな花束。
あの時田中がこの楽屋へ持って来てくれた花束よりもさらに大きな、紫の薔薇の花束。
マヤが固唾を飲んで見守る中で、彼は軽々と片腕に抱えたそれをしばらく眺めた後、ゆっくりと目を上げ、マヤをじっと見詰めてきた。
その視線に、ドキン…となる。

「……マヤ」

名を呼ばれ、マヤは思わずピクンと背筋を伸ばす。
彼は腕の中の薔薇を、そっとマヤへと差し出した。

「今まで黙っていて、すまなかった。君に紫の薔薇を贈り続けていたのは、俺だ。初めて君の舞台を観た時から、ずっと俺は…君のファンだった。どうか…、この薔薇を、受け取って欲しい」

真摯な言葉と共に、マヤの視界が、一気に紫色に染まる。
鼻腔をくすぐる、甘い香り。クラクラと酔ってしまいそうなほどに。
そう、酔いそうだ。酔って、溺れて、また…惑わされてしまう。


(…私は、一体いつから夢をみているのだろう?)

今現実としてあるこの光景が、あまりにもありえなさ過ぎて、マヤはそんな事を真剣に思う。

(だってこんなの…、夢だ。私の、都合のいい…夢。絶対、ゼッタイ、そうに決まってる。こんな…私の願いどおりの現実、起こるわけない…っ!)


マヤの心は、恐怖に駆られたように、そんな否定を繰り返し続けていた。
…だからだろうか。
震えるマヤの唇から、ようやく音として零れ出したその言葉は、マヤ自身想像もしていなかった言葉だった。

「なんで…今頃になって、そんなコト、言う…の…? 今まで、黙ってた…クセ、して。そんなの…今更……」














マヤからの責め句に、真澄は目を見開き、やがて細く眉を寄せた。
悲しげな表情。
マヤは言ってしまってから、はっとし、思わず自らの口を両手で覆う。

(なんで? なんで私ってば、こんな事言っちゃったの…っ!?)

真澄から紫の薔薇を手渡される事。
あれだけ待ち望んでいたくせに。
あれだけ夢見ていたくせに…!
大体…自分だって、その『今更』な事を、これから実行しようとしていたくせに。その決心を、本当に『今頃になって』から、ようやくしたというのに。

(なのになんでこんな事言っちゃうワケ? なんで? なんで?)

どんなに自分にそう問いかけても、マヤには、何故自分が彼にそんな事を言ってしまったのか、全然分からなかった。そして、いくら自分の口を呪ってみたところで、一度出た言葉がその口に戻ってくるわけでもない。
マヤは強い後悔に、今にもその場に泣き伏してしまいそうだった。
すると、

「…今更、か。そうだな、その通りだ」

呟かれたそれに、マヤの胸がずきん…と痛む。

「君と俺が最後に会ったのは、大都の社長室で紅天女の契約を結んだ時だ。あれからもう…2年以上もの時が経ってしまった。君にとっては、確かに…今更だろう」

ふーーと、長いため息が、その唇から吐き出される。
恐る恐る見上げると、彼は自嘲的な笑みをふっと浮かべ、マヤを見下ろしていた。

「マヤ…、覚えているか? 2年前あの日、契約を終えた後、俺は君と…握手をした」

言われて、マヤは眩しいほど夕陽が差し込んでいた、あの日の社長室での出来事を思い返す。
差し出された大きな掌。握り締めたその手の温かさ。
あの時、彼の手に縋って、自分はどれだけ泣きたい気持ちを堪えた事か。どれだけ、彼を問詰めたい気持ちを我慢したことか。
そんなの、忘れるわけが…無い。

真澄はおもむろに自分の右手を持ち上げると、マヤから視線を逸らし、広げた自らの大きな掌をじっと眺める。

「あの時…君の手を握りながら、俺は誓っていたんだ。今度こうして君の前に立つ時は、正々堂々と紫の薔薇の人として立ち、君に何もかも…告白しよう、と」

真澄の口調は迷いがなく、ハッキリしていた。マヤは、そんな彼の横顔をじっと見詰める。

「君は自分自身の力でもって、紅天女の舞台にまでたどり着いた。試演の時、客席から君の演技を見ながら、つくづく思ったよ。俺は一体何をやっているんだ…って」

切々と語られる真澄の話を、マヤは耳を欹てるようにして聞き入っていた。
言葉が重ねられる毎に、なんだか息苦しくなっていく。知らずマヤは、着ていたブラウスの襟元をぎゅっと握っていた。

「一番望んだものをやすやすと諦め、柵に縛られたままそれを享受して、君の様に必死になって掴み取ろうと、もがきもせずに… だから、決めたんだ。俺も、自分自身の力で、君にたどり着いてみせる。そして必ずもう一度、君の手をまた握ってみせる、と──…」

マヤは、目を大きく見開いたまま、ただぼうぜんとしていた。
『君にたどり着いてみせる』?
『君の手をまた握ってみせる』?
真澄は、一体何を言おうとしているのだろう。まさか…
心によぎる予感に、鼓動はどきどきと激しく打ち出し、マヤの足は次第にがくがくと小刻みに震え出す。

「結局、こうして再び君の前に立つまでに、2年以上もの時間が…かかってしまった」

と、伏せられていた真澄の目がゆらりと上がり、直後彼女とバチリと視線が合って、マヤは僅かに身を竦めた。
食い入るように真剣に見詰められる、この瞳。
こんな瞳を…私は知っている。

(まさか… まさか… まさか…っ)

震えは、すでにマヤの全身に渡っていた。
そうして見るからに全身を戦慄かせているマヤに、真澄は淀みなく言葉を重ねる。

「今更、遅きに失する事は…よく分かってる。君にとっては、迷惑でしか無いだろう事も。だが、頼むから、これだけは言わせてくれ」

言って、一旦言葉を区切り、唇をきゅっと引き結んだ後、真澄は一気に吐き出した。

「俺は君が好きだ。ずっとずっと…好きだった。紫の薔薇を贈ったのは、確かに初めは、君の演技に魅了されたからだ。でも、それだけじゃない。…好きだったから、どうにかして、君と関わっていたかったんだ。自分でもどうしようもないほどに、俺は…君を、愛しているんだ」

…もう、だめだ────…
マヤは、膝からがくりと力が抜け、へなへなとその場にへたり込んだ。














冷たい床の上に、素足丸出しのスカート姿で、マヤはぺたりと座り込む。

『俺は君が好きだ。ずっとずっと、好きだった』

確かに真澄の口から零れたその言葉が、マヤの脳裏に反響する。
マヤは茎の折れた花のように、首を垂直に曲げ、脱力し俯いていた。
頭の中はキーンと耳鳴りまでそそうなほどで、目が回り、座り込んだ床がぐらぐらしている。

『君を…愛しているんだ』

思い返し、途端マヤの瞳に、ぶわっとばかりに大粒の涙が盛り上がる。
すると真澄が、彼女のすぐ傍に片膝を着き、

「すまない。突然こんな事を言われても、君には…」

『…すまない?』 
直後、突発的にカッと、マヤの激情に火がついた。

「すまないなんて…っ、そんな事言わないでよ! 速水さんのバカッッ」

俯いたまま、大声で真澄を遮る。視線の先で、タイル張りの床の上に、ぽとぽとと涙が落ち、水玉を作っていく。

「ヒドイっ。速水さんはヒドイよ! ぜんっぜん解って無いよっ!」

胸の奥の奥。長い間口を閉ざして押さえ込んでいた言葉が、一気解き放たれる。もう全て吐き出してしまえ!と、自分の中の何かが叫ぶ。マヤは大きく息を吸った。

「わたし…、私ッ、もうずぅーっと前から、気付いてたんだから! 速水さんが、紫の薔薇の人だって事くらい 今更言われなくたって、もぉとっくの昔に、知ってたのっ! わ、私…は、速水さんだって判った上で、紫の薔薇の人に…私の想いを、伝えたのに……」

ぼろぼろと涙を零しながらの激昂に、マヤは呼吸まで詰り、はぁはぁと息が上がる。
憤るマヤの脳裏に、あるものが浮かぶ。会えなかった間、彼女の胸の片隅にくすぶり続けたモノ。
赤と紫の2色のライン。重ねられた文章。

「あんな…、あんな台本だけ、私の手元に…残して。その意味も…教えてくれないで。私っ、私…っ」

…後から考えれば、この時自分は、かなり理不尽な事を言っていたようにも思う。でもこの時は、もはや自分の胸の内に溜まりに溜まっていたものを吐き出すのに夢中だった。
マヤは床についた両手をぎゅっと握り、拳を作る。

「自分で勝手に…、そんな事決めちゃって。それで急に…、何にも言わないで居なくなっちゃって。わた…わたし、が…、どんなに寂しかったか。どんなに…悲しくて、辛かった…か。ずっと、ずっと…速水さんに、会いたくて、会いたくて、会いたくて…っ!!」

喘ぐように声を詰らせながら、マヤは必死に言葉を口にしていた。
すると、俯いて泣き続けるマヤの頬に、ふいに真澄の指が伸ばされる。大きな掌が、遠慮がちな風にそぅっと、彼女の頬を包み込んだ。
掌に促されるようにして顔を上げれば、そこに、今まで見た事も無い真澄の顔があった。
それはまるで…、今にも泣いてしまいそうなほどに顔を歪ませた……

「渡したあの台本は…、そのままの意味だ。『おまえがいとしくてならぬ』。『もう離れることはできぬ』。『名前も過去もおまえほどには大事でない』。…全部が全部、俺の正直な気持ちだ」

言われて、マヤは自分の胸の内で燻っていた、その正体を悟る。
そうだ。私は、本当は心の奥底で、ずっと期待していた。
自分があの台本に引いた赤いラインは、決して軽はずみな気持ちではなかったから。真剣に…真澄に想いを伝えようと、必死に引いたものだったから。
だから、彼が引いたであろう、あの…紫色のラインも、私と同じ気持ちから引かれたのだ、と。私と同じくらい、強い想いが、そこに込められているんだ…、と。 
あの台本を見た時から、私はずっとずっと、そうである事を…期待していたんだ。

「俺も…逢いたかった。君に逢いたくて、逢いたくて…、たまらなかった」

切なそうに細められた眼差しに見詰められながら、そう言われて、胸がいっぱいになる。

「好き… 大…好きなの。速水さんの事が、私……」

口にした途端、またぽろぽろと涙が目から零れていく。もう、涙の大洪水だ。
すると、マヤの頬を覆っていた真澄の手が、そのまま彼女の肩へと滑り降りたかと思った、次の瞬間には、マヤは真澄にそっと抱き寄せられていた。
身体を丸ごと包み込まれる感覚。
煙草の香りが混じった、真澄の匂い。体中で感じる、真澄の温もり。
心が…どこまでも解されていく。

「ずっと…ずっと、あなたの事が、忘れられなかった──…」

両手を彼の首へと回し、マヤが縋りつくと、真澄はそれに答えるように、抱き締める腕にぎゅっと力を込めた。











真澄としっかりと抱き合い、マヤはうっとり夢見心地で居た。

(ずっとこのままでいたい…)

そんなマヤを、突如現実に引き戻したのは、ゴンゴンゴンッとやや荒っぽく打ち鳴らされたノックの音だった。

「マヤさんっ、身支度は出来ました!? もう時間的にギリギリで、早くしないとパーティ始まっちゃいますよ!!」

扉の向こうから、忙しなげな声が響いた。マネージャーの林だ。
閉じていた瞼をぱっちりと開け、マヤは一気に覚醒する。

「…あ、は…は、はい…っ! あぁぁ、あのっ、支度は、もぉちょっと… すっ、すぐ、すぐ行きますから……」

真澄の腕の中から、マヤは慌てて声を張り上げた。すると、玄関に車回しておきますから!と叫んで、林はドタバタと走り去っていった。
無事千秋楽を迎えた主役のマヤ宛に、次から次にと祝いの品が持ち込まれ、林は舞台終了後から大忙しな状態で駆け回っているのだ。
とりあえず林が部屋に入ってこなくて良かった…と、ホッとしたのもつかの間、ふいっと顔を上げると真澄とばっちり目があった。彼の両腕は、いまだ自分の背中に回されているままだ。
マヤは途端に気恥ずかしさが込み上げてくる。
ついさっきまで、この真澄の首にしっかりと腕を回していたのだ…とか、あの胸に夢中で縋りついていたんだ…とか、そんな事を自覚すると、マヤは激しく動揺し、真っ赤になってしまった。

「…そう、か。これから千秋楽の打ち上げ…か」

真澄の方は落ち着いたもので、マヤの赤面にクスリと笑いを滲ませながら冷静な声を出す。

「あ…ハイ……」

マヤは小さく呟いて返事をするが、どうにも自分の赤い顔が恥ずかしくて、真澄の腕に囲われたまま、俯きもじもじと身動ぎをする。
しかし…、真澄とは、今日のところはこれでお別れなのだろうか。今夜の打ち上げパーティは、出演者と関係者だけの極々小規模のもの。すでに大都芸能とは関係なくなっている真澄が、出席するいわれは無い。

でも、やっと逢えたのに… 
まだまだ、いっぱい話したいことがあるのに…

離れがたさに、マヤは思わず真澄のスーツの胸元を掴み、ぎゅうっと握り締めてしまっていた。
すると、そんなマヤの行為に、真澄は身を屈めて彼女の耳元に唇を寄せると、そっと誘惑の言葉を囁く。

「マヤ… 君さえ良ければ、このまま俺と一緒に、どこかへエスケープしない、か…?」











波が打ち寄せる海岸を、真澄とマヤは、二人で手を繋いで歩く。
月はいつの間にか頂点にかかり、海にその姿を映している。波音は穏やかにリズムを刻んで、時折吹く風は適度に冷たくて、とても…心地よかった。


あの後、二人して劇場をこっそり抜け出して、真澄の車に乗り込んだ。それから一緒に御飯を食べながら、いっぱいいっぱい、沢山の話しをした。
再び車に乗ると、いつの間にか襲われた睡魔に、ついウトウトとしてしまって、真澄に揺り起こされた時には、すでにこの海岸までやって来ていたのだ。


真澄は、マヤより少し先をゆっくりとした歩調で歩く。
その手に引かれながら、マヤは月灯りに照らされた真澄の横顔や、なびく髪をうっとりと眺めていた。

どれだけ歩いた頃か、ふと、何気ない疑問が、マヤの頭をよぎった。

「ねえ速水さん」

「……ん?」

「そういえば、居なくなっちゃう前、なんであの台本を私に残していったんですか? だって…、速水さん私が紫の薔薇の人の正体に気付いてるって事、知らなかったのに…」

そんなマヤの問いかけに、真澄はピタリと足を止めた。
唇を結び無言で押し黙る。長く続くその沈黙に、マヤは何かマズイ質問だったのだろうかと不安になりかけた時、

「………防波堤に…」

波音に掻き消されそうなほどの小声で呟かれたそれに、マヤはへ?とばかりに小首を傾げる。
さっぱりワケが解らなくて、真澄をじっと見上げていると、

「…だから、いくら全てに決着をつけるまで君の前に現われまいと決心してもな、俺もイロイロと、その…気がかりだったんだ。君は紫の薔薇の人に真剣に恋しているようだったし、ああやって返事を渡しておけば、しばらくは…その……」

早口で捲くし立て、最後は尻すぼみに言葉をなくし、またしても真澄はぐっと黙り込む。
しかしバツの悪そうな真澄に対して、マヤの方はうずうずとしたくすぐったさが、胸に生まれてしかたなかった。

(もしかして…心配だった? 会わない間に、私の心が誰かに動いちゃわないか、って?)

嬉しくて、なんだか今すぐ彼に飛びつきたいような気分で、マヤは握っていた真澄の手を、今度は両手で握りなおした。

「ホントはね、速水さんが居なくなっちゃって2年も経って…、私もいい加減吹っ切って、新しい恋…とかしなきゃだめかなぁとか、最近少しだけ思っちゃってたり、してました」

「…それは、つい先日、週刊誌に載ったヤツ相手にか?」

そっぽを向いたまま、ぶっきら棒に言われて、マヤは瞬間呆気に取られる。

「……ウソ。なんで速水さんが、そんな週刊誌ネタなんて知ってるんですか?」

「…………」

答えない真澄の、その横顔が何だか赤いような気がするのは、目の錯覚だろうか。
きっと以前にも増して忙しい日々を送っているだろう真澄が、いまさら芸能関係の記事に目を通す必要があるとは思えない。
マヤは真澄に会えなかった間、彼の載った経済紙を、逐一チェックしていたのを思い出す。もしかしたら真澄も、同じ様に私の事を、常時気にしてくれていたのかもしれない。
そして、今のこの、不機嫌げな言い方。

(……ひょっとして、速水さん、嫉妬…してくれてた?)

湧き上るそんな予感に、いよいよマヤは嬉しさが込み上げて、たまらなくなる。

「あのねっ、あの写真ね、実は私…その人に告白されてたところだったんですよ。『好きです』って言われて、私ね、なんかすっごくドキドキしちゃった」

ついには浮かれて、そんな事まで口走ってしまった。
と、次の瞬間、真澄がぐるっと振り返ったかと思うと、握っていたマヤの両手をそのまま片手でぐいっと、少し乱暴に引っ張る。

「……あらかじめ、言っておく」

気付いた時には、マヤはしっかりと彼に抱き締められた状態で、その声を聞いていた。

「俺は、恐らく君が考えているよりも、遥かに嫉妬深くて、陰湿な性格だ。自分でも呆れるくらい、独占欲が強い。一旦君を手に入れてしまえば、俺は君を絶対に放さないし、俺以外のどこにも行かさない。君が疎ましく思うほど、俺は君を独占する。…本当にそれでもいいのか? 逃げるのなら、今のうちかもしれないぞ……?」

囁かれる、まるで脅し文句の様な…愛の言葉。
耳に聞こえるのは、確かに、真澄の声で。
消えない、夢。壊れたりしない、夢。だってこれが、現実だから。
嬉しくて…、嬉しくて…、嬉しすぎて、涙が出る。

「いいです…よ」

そっと腕を持ち上げ、マヤは真澄の広い背中へと両腕を回す。
その胸に頬を押し当て、ぐすりと鼻をすすりあげながら、マヤは涙声で言った。

「私がどこにも行かさないように、他の人見たりしないように、速水さんが私を、独占しちゃって下さい。だからその代わり、速水さんも、もう…どこにも行かないで。黙って、消えちゃったり…しないで。ずっと、私の傍に、いてください……」

直後、抱き締める真澄の腕に、さらに力がこもり、深く深く包み込まれる。

「…あぁ、約束する」


そのまま強く抱き合って、やがて、どちらともなく身を起こすと、互いの瞳をじっと見詰め合う。
導かれるようにそっと瞼を閉じると、真澄がゆっくりと身を屈めてきた。

重なる…唇。



そっと触れ合わせるだけの、優しい口付け。

それはまるで、結婚式のキスの様に。

二度と離れないと。
生涯あなただけだと。

そんな誓いが込められた───…



唇が離れ、うっすら瞳を開けると、そこには誰より愛しい人の微笑み。
マヤもつられて、ニコリ…と笑う。


二人はそのまま、引力に引かれるように、相手の腕の中へ帰る。



寄せては返す波音の中、真澄とマヤは、ようやくたどり着いた互いの存在を、そのぬくもりと共に強く実感しながら、いつまでも抱き合っていた。














04.16.2006





<FIN>












□RIBIさんより□

杏子さん、3周年おめでとうございます!
お祭りの告知が出て、すぐに参加したいと思いましたが勇気が湧かず、 迷っている内にあれよあれよとお題は埋まってしまいましたが、 やはりどうしても!と思い、相方を(強引に)巻き込んで書かせてもらいました。
今回のお話は、1話のRINさんのイラストから妄想して、出来上がった作品です。 RIRI’sの名付け親の杏子さんに、いつか何かお返しが出来たらな…と 相方と常々前から話していたので、今回実現する事ができてとっても嬉しいです。
憧れの杏子さんに送るのだからと、当初からかなり気合を入れて書いてましたが、 どうも必要以上に力が入り過ぎ、無駄に長くなってしまった感は否めません。 〆切りギリギリ投稿のくせして、ここまで長ったらしい話で…ホントすいません。
こんな代物ではありますが、いつも素敵な作品を読ませて下さる杏子さんに、 1ファンとして、胸いっぱいの感謝を込めて贈らせてもらいます!
これからもこの素晴らしいサイトで、沢山に人をめいっぱい『ESCAPE』させて下さいね。







□RINさんより□

「ESCAPE」3周年オメデトウ御座います_(_^_)_
お題投稿の時は、舞い上がりすぎて自分の事しか言えなかった ので...。(反省)
思えば、相方からコラボのお誘いメールを貰ったのは、まだま だ寒い時期で、某所でオフ会をしている時でした。(笑)
「名付け親でもある杏子さんに何かしたい!」
そんな気持ちから、今回のユニットコラボも完成しました。 当初は短編で全然違う構想を聞いていたのですが、出来上がっ たら長編!?!?!? 拙作から妄想とは思えない作品となりました。(笑)
その後、完成作品を読んで最終話の挿絵に取り掛かり、堂々と 〆切りを破り、杏子さんの小股を痛ませたと言うわけです。( 滅)
とにもかくにも、RIRI'sと命名下さった杏子さんのお陰で、楽 しい思い出が出来た事、本当に感謝致します。
オオトリランランのご連絡には大変びっくりしましたが、これ からも楽しい企画、お祭りなどなど、沢山の人を楽しませて下 さいませ♪









□杏子より□

一人は切なさの溢れかえるほどの心理描写を得意とする文の達人、一人は前髪の長い色っぺーマスを得意とする絵の達人、そんな二人がタッグ組んで史上最強のアイドルユニットが誕生、その名をRIRI’s!!
と、ノリノリで勝手に命名してしまったのはどの位大昔のお話でしたっけ?う、う、う、そのRIRI’sからついに納菌の日がくるとはっ!!生きててよかったよ、カアサン。
それにしてもね、素敵だと思うんです、このお二人。二人が実際に、次回作とかコラボのお話とか詰めてる時の様子を拝見したことがあるんですが、その真剣なこと。お互いがお互いの才能に心底惚れてて、刺激も影響も与えられるだけ与え合って、1+1が2どころか、5にも10にもなるようなお二人です。そんな奇跡のオマエサマを見つけた、お二人、どうか末永くお幸せに。そして、我らを永遠に楽しませてくださいな♪
このたびは、本当にありがとうございました!また、色々なところで(クスっ☆)ご一緒できることを願って……。
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