written by いづき








慣れないわ…

マヤは頭の中で幾度もそうつぶやいた。
そしてまた視線を元に戻すと、そこには幸せそうな笑顔でこちらを見下ろす彼の顔があった。
そう、つい一週間ほど前に、自分の“恋人”となった大都芸能社長・速水真澄氏の顔が…。


こんなに優しい速水さん…ぜんぜん慣れないわ…


まだ付き合い始めたばかりのマヤは過去の速水とのやりとりを思うと、恋人として速水を見るなんてことがすぐにはできないのである。

なんといっても恥ずかしい…!


あんなに恋こがれた彼が自分を好きと言ってくれたことさえ信じられないのに、
彼が自分の耳元に唇を寄せて甘い言葉を囁いてきたり、何気なく肩を抱いてきたり…

彼がこんなに自分に優しくしてくれる日がおとずれるとは、本当に思ってもいなかったんだもの…。


「マヤ、何をぼーっとしている?」
「え、あ、あ、ちょっと…考え事です!」
「ほぉ…考え事…」
「い、いけませんか!?」
「いや、君は俺とのデートの合間に俺以外の一体何のことを考えているのかと思ってね。」
「!…べ、べつにっ何を考えようが…あたしの勝手でしょ!」
「忙しい合間を縫って君と会っているんだ。こんなときくらい俺のことだけ考えてくれないのか君は?」
「それは速水さんのわがままでしょ!!」
プッ!
ハハハハ…

本日5度目の速水の高笑い。
「わがまま、か。初めて言われたよ…まったくチビちゃんにはかなわないな。ハハハ…」
「もう!まったく失礼しちゃうわっ!」
マヤがそう言って足早に進むと、速水に後ろから手首を捕まれた。

「俺を置いて行くのか?」
速水は少し皮肉めいた口元のまま言う。

「短気のお姫様が相手だとこれから先が思いやられるな」
「な、ならなんであたしなんか恋人に選んだんですか…!」
「誰よりもひたむきで誰よりも素直で…そして何より俺が初めて愛した女性だからだ」
「!!」


まったくなんでそんな言葉を大真面目な顔で言えるんだろう…

真っ赤になった顔を隠すように頬に手を当てマヤは俯く。
すると、
「どうされましたかお嬢さん?顔がお熱いようですが?」
と笑いを含んだ顔で速水が言うから、更にマヤがゆでだこみたいに真っ赤になって叫ぶ。
「もう、速水さんなんて大っ…!」


「その台詞は聞き飽きた」

口唇で掠め取られたおきまりの言葉はマヤの喉元で跡形もなく消えていった。
気が付くとまだ速水の鼻先は目の前にあり、再度近づいてくる。
マヤの瞼は魔法にかけられたように静かに閉じられていく。


眩暈を覚えるような恋の味。


口唇を離すとマヤの背に腕を回し速水は息をつく。
「やっとの思いで君を手に入れたんだ。そう簡単には手放さないぞ。覚悟しておくんだな。」
甘い毒が全身に廻ったマヤは声も出せず、小さくコクンと頷いた。


そのままおとなしくなった姫の手を引いて速水は歩き出す。
繋いだ手を見つめながら、マヤはあることに気付く。

速水が自分の歩幅に合わせてくれているということに。
そして、同じ道を二人で一緒に歩んでいるということに。


速水ほどの男が冴えない自分なんかと付き合うなんてまったくもって信じられないような光景だ、とマヤは思っていた。
だが実際に想いを交わし合って今、こうして二人一緒に並んでいる。
出逢って十年近くの歳月が経ったが、二人の関係がこうも大きく変化するとは誰もが予想していなかっただろう。

まさか二人の気持ちが同じ所にあったなんて…。

マヤはその存在を確かめたくて、もう一度速水を見上げる。
すると既にこちらを見ていた速水と目が合った。
途端に恥ずかしくなって、マヤは思いっきり速水から顔をそらす。

「まったく君は…見ていて飽きないな。」
絡まった指の力が少しだけ強まった時、前方の信号が赤色に点った。
そしてマヤは思い出す。
あの雪の日のことを。
酔っぱらいに恋人同士などと勘違いされ、カッときた自分は赤信号にも関わらず飛び出してしまった。
あの瞬間引き寄せられた胸の温かかったこと。

そして今もその温度を失わずに隣にいるこの人…。

マヤはなんだかたまらない気持ちになってしまった。
長年支え続けてくれていた紫のバラのひと…
貴方はチビで冴えない、演劇しか取り柄のないこんな私を愛していると言ってくれた。
どうかこれからも、私のことを手放したりしないで。これからも私に愛していると言って。
どんなに身分違いの恋だっていい。同じ歩幅で歩けばいいだけのこと…。



「マヤ、今度は一体何を考えているんだ?」
「え、あ、あ、ちょっと…考え事です!」
「またか…」
「…い、いけませんか!?」
「君は俺とのデートの合間は俺のことを考えていればいいんだ」
強引な速水の言葉に、同じくマヤも強引に言葉を割り込む。
「あたし、ずっと速水さんのことを考えてるんです!!」
「え?」
目を丸くした速水にマヤは負けじと言い放つ。
「あたし、今日一日中…いえ、ずーっと、きっと、お芝居中以外はずっと速水さんのことを考えてるんだと思いますッ!いつの間にか貴方はあたしの心の一部みたいな存在になってたの!」


あまりのマヤの言葉に速水は面食らう。
そして今度は速水が真っ赤になる番だった。

「…って、え?速水さん…照れてるの?」

大きな手で口元を覆って、顔を背ける速水をのぞき込みながらマヤは尋ねる。

「ねぇ、速水さんったら!」
普段あまり見せたことのないような表情をするものだから、マヤは面白そうに速水に近寄っていく。


速水はのぞきこんでくるマヤから逃れながら思う。


…慣れないな…


こんな風に素直に気持ちを伝えてくるマヤに。
そしてそんな彼女を前に感情が素直に表情に出てしまう自分に…。
ちらとマヤに目をやると、にやにやとした満面の笑みをたたえてこちらに近づいてくる…。



どうやらお互いこれからこんな風にして新しい時間を過ごしていくのだろう。
これこそがたぶん、二人が望んでいた世界なんだと思う。

遠い昔、あの空の星に囁いた願い事。
叶ったその先はこれから二人で築き上げていこう。


この想いを胸に二人は、初春の風に背中を押されながら青信号で歩き出すのだった…。







03.26.2006



<Fin>




□いづきさまより□

はじめまして!いづきと申します。
読んでくださってありがとうございました!! 杏子さんの作品いつも拝見させて頂いていました…!!はっきり言って大ファンです!
そして今回の3周年記念祭のHPも毎日しつこいくらい見させて頂いておりました!!毎日の更新が楽しみで楽しみで毎夜ネット漬けしております私です…。 そういうわけで杏子さんのネット未発表作品見たさに作品応募してしまいました!!
まったくもってどうってことない短いお話なのですが、晴れて幸せになれた二人のこれから…みたいなのを心情を中心に描いてみたのですが…。
こんな作品ですが投稿させて頂きます!!
これからも杏子さんの素晴らしい作品楽しみにしております!がんばってください★☆



□杏子より□

まさに”これから!”という二人の様子が切り取られたようなあま〜いお話でしたね。
ちょっと照れちゃって、怒っちゃって、すねちゃって、それがとてもマヤちょんらしくて。
そして意地を張りつつも、最後に素直になった瞬間でホッコリ☆させていただきました!
いづきさん、かわいらしいお話、本当にありがとうございました!!






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