written by 杏子









女優という仕事に日曜日はないし、盆も正月もないことも、よく分かっていたから、自分の誕生日だってあってないようなものだと、そんなことぐらい誰に言われなくとも、分かっていた。
そう、今更真澄に念を押されなくたって分かっていた。

――つもりだった。


例えばそれがドラマの撮影とか、舞台の本番とか、何か生番組に出演中とか、いや収録中でもいい、とにかく真っ当な仕事であったとすれば諦めもついた。仕事は当然であり、必然だ。自分の誕生日休みを要求するほうがおかしいのだ。


けれども、それがこんなにつまらない、本当に心の底からツマラナイ!!!とハッキリ言い切れるようなパーティーだから、少しは不満も言いたくもなるのだ。


「なんだ、主役が浮かれない顔して」

「主役じゃないですし。むしろ居なくてもいい雰囲気じゃないですか私っ」

思った不満はそのまま言葉の語尾を鋭利にして、唇から放たれる。

「そうだな、亜弓君が来てくれたので、大都の女優は一人でもよかったな」

「っっっっ!!!!!
な、な、なんですかそれっ!!絶対、来い!!来なければ大変なことになる!とまで言って、無理矢理こさせたの速水さんじゃないですかっ!!」

「声がデカイ」

「知ってます!!悪いですかっ?!」

「来なければ大変なことになっていたのは間違いじゃない」

「どうなっていたっていうんですか」

「俺が退屈して、君が居なくて寂しくて、死んでしまっていた」

「ば、ば、ば、ばっかじゃないですかっ!社長っ!!」

真っ赤になって噛み付いてみるが、相手は涼しい顔で片手を挙げながら笑うと、また人々の輪の中に入っていく。

忘れられているのかな、とも思う。

付き合い始めて、最初の誕生日。
恋人と過ごす誕生日、というイベントに免疫がない自分には、過剰な期待こそしていなかったが、まさか忘れられるとは思ってもいなかった。自分から何も言い出せなかったのも、気を使いすぎてのことだった。自分から自分の誕生日をアピールするなんて、とても出来ない。

パーティー会場の向こう、人より頭一つでた長身のその人の周りには、幾重にも人が輪を作る。談笑する仕草も、グラスを傾ける仕草も、何もかもさまになっている。ついでに言えば、ここに居る芸能人の誰よりも、漆黒のタキシードが似合っていたりする。


ため息が出る。

今日は自分が生まれた日だというのに、こんなにみじめな想いに囚われている自分が情けなくて、ため息が出る。

そして自分の好きな人は、手が届かないほどに素敵すぎて、無駄にため息がまた一つこぼれる。












「さぁ、帰るぞ。きみにしてはよく頑張った」

ふいに頭を叩かれる。
一体どれくらいの時間、そんなふうに不貞腐れていたのだろう。
返事をしたら悔し涙がこぼれそうで、何も言葉に出来なかった。
まだ会場には沢山の人が残っていたようだが、真澄が幾人かに会釈をし、うやうやしく見送られながら会場をあとにする。社長とその所属女優が一緒に帰るなど、よくある合理的な絵なので誰も何もいわずに見送るだけだ。
そんなところも、いつもだったら何も感じやしないのに、今日だからこそ、誕生日の今日だからこそ、不必要に体の内側がへこんでいく。


ずっと俯いたまま、真澄のすぐ後ろでエレベーターを待つ。
隣で待機しているボーイの紺の制服の金ボタンの数を数えていると、数え終わらないうちにすぐに箱は到着した。白い手袋がドアに手をかける。軽く会釈して乗り込むと、ドアは静かにしまった。
堪えていたものが溢れ出す。
『誕生日だったのに!』とか『忘れるなんてひどい!』などと、責めることもなじることもできず、零れ落ちた言葉はひどく後ろ向きで、ひどく弱気な一言で。


「速水さん……、私、今日一つ歳をとりました」

目の前の背中は振り向きもせず、微動だにしない。

「速水さん、あのっ!」

思わず、顔を上げ真澄にそう声をあげた拍子に、視界に意外なものが入ってマヤは言葉を失う。


数字が上がっていくのだ。


地上に降りていくはずのエレベーターは、引力にもマヤの予想にも逆行して上昇していく。
あっという間に最上階までたどり着くと、扉が開く。

「う…そ……」

目の前にあったのは、廊下でもBarでもなく、いきなりの部屋。それも異常な広さの。

「あの、これってもしかして……」

「君が一度泊まってみたいといっていたスウィートだ」

いつだったかは忘れたが、ドラマの撮影で生まれて初めてホテルのスウィートルームを目にしたマヤは大騒ぎでそれを真澄に伝えたのだ。やれバスルームが2つもあった、トイレが3つもあった、タオルが全部エルメスだった(しかもお持ち帰りOK!)と大興奮で喋るマヤに対して、高級ホテルのスウィートなぞ、いくらでも泊まってきた真澄は苦笑しながらも、そんなマヤを心底カワイイと思ったものだ。

「す…ごい、あのね、私ね、いつかスウィートに泊まるの夢だったの。なんかの記念日とかにこういうお部屋に……」

必死になって真澄の手を握りながらそう喋るマヤはふと思い当たってとまる。


「え…、知ってたの?」

「心外だな、知らないとでも思ったのか?」

「だって、何にも言ってくれないし、近くなってもそんなそぶりも見せてくれないから」

「君を驚かせるのが俺の趣味だ。覚えておくといい」

おどけたふうにそんなことを言って、笑いながら口付けられる。唇がふれる1秒前に、真澄の声が静かに囁く。

「誕生日おめでとう。今日は、綺麗だった」











ロマンチックな夜の始まりにうっとりしたマヤだったが、トイレに入った際にトイレットペーパーホルダーに手をかけた瞬間、そこにBOUCHERONのネックレスがかけられていたところから、怒涛の悲鳴23連発をあげることになる。

”君を驚かせるのは俺の趣味だ”


それは決して真澄の冗談でなく、この晩マンダリンオリエンタル東京の250uの広さを誇るプレデンシャルスウィートでは真澄の策略通り、23回のマヤの奇声が響き渡る。

スウィートルームのあちこちに仕込まれたプレゼントの数々。
ベッドサイドのテーブルの引き出しには聖書の代わりに、誰が編集したのかプライベートショットのアルバムが一冊。
飲み物を飲もうと、ミニバーの扉を開ければなぜか一番手前に、よく冷えたi-podが一つ。
テレビのリモコンだと思って手を伸ばしたら、それはテオブロマの板チョコだった。
手を洗ってハンドタオルを手に取ると、タオルの下にはOPIのネイルカラーの春の新色23本が並んでいる。
貝殻の形をしたソープケースを開ければ、石鹸の代わりに真珠のブローチが入っていた。
ルームシューズに足を入れれば、細いプラチナのアンクレットがすでにそこには隠れていた。
氷が切れているとルームサービスを頼めば、氷の一つ一つに紫の薔薇の花びらが入っていた。
まさかと思ってクローゼットの扉を開けると、見たこともないドレスが一着。
その隣には、アンバランスに白いウェスタンブーツ。春が来たら履いてみたいと、そういえば雑誌を指差しながら言った気がする。
バスローブのポケットにはDiorの春の新作香水がむき出しのボトルで無造作に。
テレビの上には、スワロフスキーのガラスの動物が鎮座している。嫌な予感がして近寄ってみると、
”おうちに連れて帰ってください。お願いします”
とメモがあり、連名で動物の名前がそれぞれ書いてあった。

22回の悲鳴を上げて、笑って、笑って、抱きついて、喜んで、疲れて眠りに落ち、23回目の悲鳴は、翌朝目覚めた瞬間に。



見たこともないダイアモンドのリングが左手の薬指に輝いていた。



「結婚しようか」

太陽の白い光がいっぱいに差し込むプレデンシャルスウィートのベッドの上、その光の下に指輪をかざすと、それはもう夢の続きではないことを証明するかのように、キラキラと光り輝く。
かざした手のひらの向こうに見える、穏やかな笑顔。


「悔しいけど、私、速水さんに驚かされるの好きだから、幸せだから……。
速水さんも、幸せでいてね」

その笑顔を抱きしめるように、指輪の輝くその手を伸ばした。








02.20.2006


<FIN>






□ぼやき□

シャチョーの誕生日には、これでもか!!のプレゼントを企画して身も心も捧げてきたというのに、マヤちょんの誕生日には、お話1本書いたことない私。 直前のヴァレンタインでは怒涛の更新企画をぶち上げたこともあり
”2月20日は何をするんですかぁ?(・∀・)”
と笑顔のプレッシャーをいくつも頂き、なんもありません!!と堂々とかましていた杏子ですが、ほんとに何もないのもどうなのよ、と前日になって一気にデッチ上げました。(ただいま、19日19:53)
とくにどうということもない、ツッコミようもない、ただただ杏子臭が溢れかえるだけのお話ですが、ヨレヨレの私にはこれが精一杯のプレゼントです。
マヤちゃん、お誕生日おめでとう!!


完読記念によかったら拍手かランキングで一言頂けるととても嬉しく思います。



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