□□06□□







written by shima





□□後編□□




二人がいたのはホテルからも見える宮殿だった。

どうして選りに選ってそこなんだと真澄は叫びたくなる。

その宮殿の奥にある庭園は、古くから伝わる恋愛物語の舞台となっており、恋人たちが永遠の愛を誓い合う場所として、世界中にその名が知れ渡っている。
万国から集められた花が咲き誇る庭園は、とりわけ薔薇の種類も多いと聞く。
陣中見舞いに訪れた際には、「紫の薔薇を探そう」とマヤを誘うつもりでいた場所だったから、なおさら衝撃が大きかった。

宮殿の贅を尽くした細工に見とれ、口々に賞賛する人々に囲まれながら、真澄だけは暗い闇の中を歩いているかのようだった。

庭園に入ってしまったら、そのままマヤを連れ去られてしまうのではないか。
今マヤを見つけられなければ、自分はこのままマヤに二度と会えないのではないか。
強迫めいた嫌な予感に、背筋が寒くなる。

しかし、大勢の観光客で賑わう中から、その姿はすぐに目に飛び込んできた。
華奢な体つきに長い黒髪。
後ろ姿ですぐに分かった。
マヤは長身の男と寄り添って庭園へ向かう回廊を渡っているところだった。男はマヤの腰に手を廻し、マヤも安心しきって体を預けているようだ。
その様子はスタッフが噂していた通り、確かにただならぬものを感じさせた。

真澄は懸命に走ったが、頭上に見える回廊への道はひどく入り組んでおり、マヤにはなかなか追いつけない。

「マヤ! 待ってくれ!!」

人混みをかき分けて先に進もうとする真澄に、周りの人々は眉をひそめるが、真澄の目に映るのは、ただマヤの姿のみ。

マヤが男に向かって何かを一生懸命に話しているのが見える。
真澄がかなり近くまで来ても、彼との会話に夢中なのか、全く気づく様子がないことに驚かされた。

────どうしたんだ。マヤ。





身体の中で何か激しい音がしたような気がした。
もう何も真澄の溢れる想いを塞き止めることはできない。


「マヤ!」

「マヤ…愛しているんだ! 」

「俺にとってはきみが全てだ!!」

「俺はマヤがいなければ生きていけないんだ!!!」


マヤがこちらに気づき、不思議そうな顔をする。その表情はまるで知らない人を見るようだった。

こんなことは夢であってほしいと祈るような気持ちになったところで、真澄はギョッとした。
足元をすくわれたような。
心臓をつかまれたような。

互いに想いが通じたことこそが夢なのではないのかと。
本当の自分は、まだあの頃の孤独な世界から抜け出せていないのではないのかと。
叶ったと思っていた夢は、やはり叶わなかったのかと。

マヤは無表情にこちらを見つめ続ける。

真澄は絶望のあまり、すぐには声を出すことができなかった。

「…どうしたんだ? マヤ? その男は誰なんだ!」

男はゆっくりと振り向いた。







その男は…俺だった…。











心臓が止まるかと思った。
身体にはびっしょりと冷や汗をかいていた。

ここは?

そうだ。俺は会社の社長室の奥のAVルームで眠っていたのだった。

夢だったのか?
そうか…。

真澄は思わず顔を覆う。その手はまだ震えていた。

自分の抑え込んだ想いが、こんな夢を見させたのか。

マヤを失うことをこんなにも恐れていること。
マヤと演技の世界を共有できる俳優たちに激しく嫉妬していること。

夢の中で自分を天才俳優に仕立てあげたのか…と、自嘲的な笑いがこみ上げる。

マヤを束縛するつもりはないと思いこんでいたが、とんだ勘違いだった。
俺はプライベートのマヤだけでなく、女優のマヤまでも自分から離したくなかったのだ。





乱れた髪や服を整えて、立ち上がろうとしたところで、真澄はその場から動けなくなった。
隣の社長室からヒソヒソ声が聞こえてくるのだ。

────誰かいる。

「マヤちゃん、さっき何か声がしたようだけど。お目覚めになられたのかしら?」

「いえ、まだです。」

真澄ははっと驚く。
マヤと水城だ。
何か声だと…?
まさか声に出してしまったのだろうか。

「起こしてもいいんじゃないかしら。マヤちゃんだったら。」

「いえ、待ってます。これ以上、速水さんに迷惑かけたくないから」

「マヤちゃんたら、もうすぐ撮影のために海外ロケに行って、しばらく会えないっていうのに、どうしてケンカなんかしたの?」

「それは…ささいなことなんですけど…。
なんだか、しばらく離れてることを心配してるのは私だけみたいで、速水さんはいつも通り平気な顔で、寂しいとか言ってくれなくて。
私ばっかり好きなんじゃないかって思ったら、それからケンカっぽくなっちゃって。
でも私も後味悪くって、仲直りしたくて来たんです」

ああ、マヤ。そんなことまで水城くんに話してしまうのか。

「…近頃の真澄さまのオーバーワークの理由がこれで分かったわ。
あまりにもひどいから、さっき電池が切れたようにお眠りになったときには心配だったけど、半分は安心した気持ちもあったの。
きっと最近眠られてなかったのね。」

水城は明らかに呆れ声だ。気持ちが通じ合った今でも意地っ張りの二人がちょくちょくけんかをするたびに迷惑をこうむっているのだから、仕方がないが。

「やっぱり、ちょっと心配なので、様子をみてきますね」

「そう? じゃ私はまた仕事に戻るわ。何かあったら呼んでね」

速水は慌ててドアから離れ、ソファに横たわり、寝たふりをした。
コツコツというハイヒールの靴音と、パタンというドアの閉まる音で、水城が出て行ったことが分かると、しばらくして、遠慮がちにマヤが近づいている気配がした。





マヤは真澄の寝顔をじっと見つめている。
痛いほどの視線を感じるが、真澄はどうしていいか分からない。

マヤはフッと笑うと、手を伸ばして真澄の柔らかな前髪をかきあげた。

「速水さん、起きているんでしょ。私、速水さんの寝たふりって、もう分かるんですよ」

ドキリとしながら真澄は片目を開けて、マヤの表情をうかがうと、そのふわりとした笑顔に安心した。

このまぶしい笑顔も、マヤの甘い香りも、夢のせいか本当に久しぶりな気がする。
孤独な俺の生涯の中で、思いがけず手に入れることができたこの笑顔。
マヤのいる幸せが俺の空っぽな心に染み込んできて、思わず涙がこみあげそうになる。
あの宮殿のどんな美しい装飾もマヤの笑顔にはかなわない…と言ったら言い過ぎだろうか。

「夢を見てたでしょう? …どんな夢?」

「複雑すぎて、一言では説明できないが…」

マヤは納得していないのか、伏し目がちに手をもてあそんでいる。

「ふーん…夢はカラーでした? それともモノクロ?」

「カラーだったかな」

マヤは意を決したように、真澄のとなりに腰掛け、小鳥のように首を傾げてちょこんと顔を覗き込む。

「さっきの寝言だけど…ほんと? 速水さん本当に私のこと、そんなふうに思ってくれてる?」

突然の直球に不意をつかれたが、マヤの上目遣いの表情に真澄は心がとろけそうになる。

やはり聞かれていたのか…。

真澄はマヤの頬に優しく触れる。

「かなわないな。マヤ。降参だ。」

そうだ。
俺は素直じゃなかった。意地をはっていたことを認めるよ。
だが、自分を殺して生きてきた俺だ。
そうそう人間変われるものじゃないんだ。わかってくれ。
マヤに俺のこの嫉妬心を打ち明けたら、どう思われるだろうか。
いや、これはまだ隠しておこう。

夢には様々なキーワードが隠されている。
あの少女が口ずさんでいた曲の歌詞がふいに浮かんだ。

俺がいま言えるのは、これだけだ。

真澄はマヤを抱きしめて、そっと耳元でささやいた。

「きみを愛している。マヤ」

マヤを愛する想いはどんどん強くなる。
昨日よりも、今日よりも、明日はもっと。

「I love you more today than yesterday」








04.07.2006


<FIN>






□shimaさんより□

杏子さん、ESCAPE3周年おめでとうございます。
こんな拙いものを送りつけてしまってごめんなさい。
そしてここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。

初めてESCAPEに出会い、むさぼるように読んでいたあの頃、まさか自分の書いたものが杏子さんのサイトにUPされるなんて想像もしていませんでした。
書くのは本当に大変でしたが(もう取り立てはしませんと誓います!)、 こうやってお祭りに参加することができて、とても幸せです。

お話に出てくる「More Today Than Yesterday」は、Spiral Starecaseというバンドの曲です。楽しいお話にしたかったので、自分の気分を盛り上げようとこの曲を聴きながら書いていまして、最初は予定になかったのですが、強引に入れてしまいました。(文章で伝わらない部分を補ってもらえるかな…という目論みもあったりして。もしよろしかったらAmazonでちょこっと試聴できます。)








□杏子より□

私の公認ストーカーとして私を日夜喜ばせてくださる shimaさんから、私の趣味趣向を完全に把握してのご投稿!さすがです!私の三大好物の一つ、嫉妬マス全開のお話、堪能いたしました。
嫉妬に狂ったマスが、瞬時に花のおパリまでどびゅーーん!この行動力はっ!!と思ったら、そうですか、夢でしたか……。 いや、夢オチ、オレとしたことが全く気付きませんでした。白旗!
shimaさん、エピソードの一つ一つがしっかりしたお話、楽しませていただきました。本当にありがとうございます。
それから、いつも私をドキドキさせてくれて、ありがとうございます。
うふ♪

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