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| written by つみか
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例えば、そう。 綺麗な人って、どういう人をいうのかな。 『綺麗な人って……どういう人なんでしょう?』 そんな質問が飛び出したのは、昨日。真澄が丁度書類への決裁を終わらせた時だった。 時刻は、もう夕食頃。通常の家庭ならば、温かい食卓を囲んでいる時分だろう。 だが、このビルの一番上。通常社長室と呼ばれている場所は別だった。 いいや、このビル自体がまだ眠らずの建物。それどころか、不夜城と呼んでも差し支えないだろう。 芸能界を知る者なら、誰もが知る名。あの大都芸能の本社である。 広いフロアには、本牛革と大理石の応接セット。勿論、床も大理石出来ている。白いものと緑がかっているだろうか。まるでチェス盤のごとく、互い違いに並べられていた。 そして、何かも、まるで世界の果てまで見渡せるような窓を背に、一人の男性が座っていた。目の前には、大きなデスク。そして、書類の山。 今日中に目を通さなければならない、企画書が幾つかあるのだろう。特に、来月デビューする新人アイドルと、デビュー二十周年を迎える演歌歌手。この二つの企画書は、何が何でもチェックしなければならない、重要書類であった。 止まることのない瞳が、文字を素早く追っていく。 やがて、舌打ち。何か気に入らない処があったのだろう。 そんな折だった。 あの台詞が飛び出てきたのは。 「綺麗な人って、どういう人なんでしょう?」 独り言のような、それとも質問と思えばよいのだろうか。非常に曖昧で、また無視の出来ない響きを有した、声だった。 社長室の天上を見上げているので、長い黒髪が肩から滑り落ちる。多分床には着かないだろうが、あまり良い姿勢ではない。 まるで待ちぼうけを喰らったような、母親を退屈して待つ幼子のような、そんな座り方で少女がいた。 少女と言っても、もう成人した女性である。ならば不適切ともいえる言葉だったが、やはり少女という呼び名が一番ぴたりとくる相手でもあった。 北島マヤである。 記憶に新しいのが、あの名演技。昨年絶賛され世紀の幻、神の舞台と呼び称された紅天女を演じた天才女優であった。 飾りっ気のない顔にはナチュラルメイク。髪の毛はそのまま、ストレート。とはいえ、伸ばしっぱなしとも見え無くない。しかも顔は童顔で、ぱっと見学生と云われてもおかしくないだろう。 事実、先々月に出演したドラマ、「wキャスト」では、二重人格のヒロインを見事演じきった。しかも、ヒロインの設定が女子高生というにも関わらず、違和感のない制服姿が、色々な意味でお茶の間の話題を攫ったのだ。 縫いぐるみを抱きしめ、純情可憐な沙那美と、人を妬み常に蹴落とさなければ冷静でいられない、悪女な水無子。 対照的な彼女達をうちに秘める主人公の活躍は、来春には映画化さえ決まっていた。 しかし、このぼんやりとした少女を、あのヒロインとは思えぬだろう。十人が十人とも首を振りそうである。それほど、目立たない女優であるのも、また北島マヤの特色だった。 「綺麗な人なんです。心が綺麗な人なのか、それとも外見が綺麗な人なのか、もしかしたら誰かから綺麗な人って、思われる人なのか……ねえ、どういう意味だと思います?」 ぼっーっとしていた顔を上げ、マヤは後ろを振り返る。そうして、未だ書類と睨めっこしている男に問うのだ。 「速水さんの綺麗な人って、どういう人ですか?」 一瞬、真澄は目を止める。読み途中の活字から目を離し、マヤの方を向いた。 「今度は、一体何の役を貰ったんだ?」 そう尋ね返しながら、彼自身彼女の予定を思い出していた。 たしか……たしか、そう。 CMの話が来ていたはずだ。宝石か、ブランドものか、それとも……化粧品か。いや、どれも違った。彼が聞いた話には当てはまらない。 では、何のCMだというのか。 綺麗な人…と、単語を反芻させ思い出している時だった。マヤが付け足してくる。足りない説明を、細くした。 「リフォームの会社です。ほら、綺麗な家、綺麗な生活。本当の綺麗を貴方に届けますっていう……フレーズの」 そこまで説明されれば、彼にも分かる。その業界ではまだ新しい、だが数年実績を上げてきた会社のものである。 すると、今回のCMはそのうたい文句からなのだろうか。そう、真澄が思った時だった。マヤは、もう一個付け加えた。 「今度のCMは、そのフレーズを一新するそうなんです。綺麗な家、綺麗な生活を届けます。綺麗な人を呼び込む技術 タチガネって、変わるんです」 それから、少女は再び天上を仰ぎ見る。 成る程、ここまで云われれば誰でもわかるというもの。つまり、その「綺麗な人」というのが、どういう事なのかと言うことだ。 CMとはいえ、意味が分からねば演じられないのは当たり前。またプロとしてこなすなら、やはり具体的なイメージが必要だろう。それも、先方が望むような、綺麗な人を作り上げねばならない。 「綺麗な人……綺麗な人って……なんだろう」 「君は、どういう人を思い浮かべるんだ?」 書類を完全に机上へ放り投げると、男はそう言った。大事な書類と言えば書類なのだが、今の会話で途端興が失せたのだ。 興味がないから仕事が出来ないなど、大人の社会では通じないのだが、真澄はあえて少女の用件に付き合うことのしたのだ。 どのみち、演歌歌手はいいとして、アイドルのほうには明らかなミスがある。これでは決裁どころではあるまい。 明日、一から作り直さねば、使い物にならないだろう。ならば、悩みの種を抱えている大都芸能看板女優の、その種を解消させることの方がよい。そちらの方が、実に有意義だと彼は決めつけた。 もし、このとても私情に流された判断を、某秘書が知ったならば、深い溜息でもって意思表示しただろう。 「綺麗な人……やっぱり、亜弓さんかな」 そういいながら、彼女が思い描く相手は、芸能界きってのサラブレッド。姫川亜弓であろう。 長い髪に、日本人場慣れした顔立ち。くきりとした瞳には確かなる情熱と意志、そしてけぶるように縁取る長い睫の華やかさ。まさしくお人形のようにという、形容詞が似合う容姿である。 今では、年相応の色香と華々しさ。いや、それいじょうの圧倒的な美貌と、確かなる実力で演じたリメイク作品「恋の疾風」は、誰もが覚えているはずだ。 マヤも欠かさずそのドラマは、必ず見た。そして溜息をついたものだ。気丈なヒロインこと、緋美子。彼女の立ち振る舞いの煌びやかさには、文句の付けようがない。そして、何もかも焼き尽くす激しさには、見ている側すら飲み込まれる。 まさしく、大輪の華。 綺麗な人と、呼ぶのに相応しい人物だった。 だが、真澄は小さく笑うと「そうだろうな」と、乗り気のない返事。少し小馬鹿にされたとも、感じてしまう印象を受ける。 上着は脱いでいたので、ワイシャツとネクタイ。そして、机に肘を突き、手の甲に顎を載せるような形で、彼は彼女を見ていた。 「だが、それがそのCMで云っていた、綺麗な人なのか? 君は違うと言いたげだな……」 にやりと笑う瞳に、マヤはどきりとする。 見透かされたのかと思ったのだ。 綺麗な人の候補が、もう一人いることを。 「じゃ、じゃあ…………速水さんは、どうなんですか? 綺麗な人、それってどういう人だって、思うんです」 「そうだなぁ……綺麗な人。綺麗な人か」 おもむろ、真澄は立ち上がった。背後には美しい都会の夜景が見えるだろう。生憎と、ブラインドを下げているので、見ること叶わないのだが。 それから軽く肩を回す。この行為が、おじさんみたいと、前にマヤに云われたことなのだが、なかなか止められない事でもあった。 何しろデスクワークを主に働きづめの彼としては、やはり肩こりは職業病のようなもの。長時間書類とにらみ合いをしていれば、自ずと肩を動かしたくなる物だ。 とはいえ、やはりおじさん呼ばわりは悲しいので、二、三度するとすぐに止めてしまう。そうして、答えを待つ小さな背中に歩み寄る。 長い髪は、触れれば極上の天鵞絨と同じ心地がした。 「そうだな……綺麗な人というならば、俺は一人ぐらいしか思いつかないが」 思いがけず、近くで聞こえた声に、マヤはびくりとする。 いつの間に近寄ったのだろう。抜き足差し足、忍び足? それって、悪趣味だと云わないだろうか。 しかも、髪を触るなんて……セクハラもいいところ。ちらっと、盗み見るように斜めの視界で、やや筋張った手が動く。長い指先は、見惚れるように無駄がない。 マヤは、どきりと心臓の音を聞く。 「……以外です」 「何故だ、チビちゃん?」 「だ、だって……速水さんぐらいなら、あちこちで綺麗な人に会うじゃないですか?」 そうだ。そうなのだ。 その筆頭に、今はもう違うのだが……元婚約者ということで、紫織という女性がいた。彼女は改めて云うのも何ではあるが、綺麗な人という言葉に相応しい、美しい人だった。 「それは、どういう綺麗な人の意味だ、チビちゃん?」 「そ、それは………綺麗な人に決まっているじゃないですか」 「例えば、君のような子狸じゃないような、女性を云うのかな」 「ええ、私みたいな…って、酷いじゃないですかっ!!」 「ああ、悪い。つい、本当のことを云ってしまった」 悪びれることなく、真澄はそんな軽口を叩く。が、その右手は未だ少女の髪を絡めたまま。手櫛で梳き、弄ぶ。 さらりと首筋に髪がかかり、マヤはまたどきりとした。 多分、先ほどよりも音が大きい。 「まあ、いいじゃないか。子狸にも子狸らしい愛嬌がある」 それはどういう意味の愛嬌かと、一瞬問いただしたいところだが、この位置関係が良くない。背後を不覚にも取られ、マヤは居心地が悪かった。 緊張という束縛が、ぴたりと自分を包んでいるのだ。逃げようと思っても、逃げられない。それとも、逃げたくないのだろうか。 一瞬浮かんだことを、マヤは打ち消した。 ―――ば、馬鹿……そんなこと考えている場合じゃないでしょうっ!! しかも、背後では男の忍び笑い。 何もかも見透かした上で、笑っているに違いない。 「じゃあ、教えて下さいよっ!! 速水さんがいう、綺麗な人って、どういう人ですか?」 思い切って振り返ると、その長い髪を大きく波打たせ、彼女は問う。真っ正面、自分よりも背の高い相手と対峙した。 視界は外さなかった。 外せば負けのような気がするため。 だが、男は余裕のよの字。余裕を四乗したっていいほどに、不敵に佇んでいた。 「云っても良いのか? 君が後悔しても知らないぞ」 「へえ、じゃあ、私が後悔するような相手なんですねっ」 「確実にと、保証しても構わない」 「…じゃ、じゃあ……私、ぜっったいに後悔しません」 「それは頼もしいことを云うな。では、賭でもするかな、チビちゃん」 売り言葉に買い言葉。 後悔先に立たずとは、よく云ったもの。 「勿論」とは、威勢の良い返事だった。 そして、CM撮影の当日。妙に頬が熱い主演女優の姿を、マネージャーは目に留めるのだった。側には、事務所でも他所でも評判の男。仕事の鬼こと、速水真澄が立っている。 何か彼が耳打ちすれば、さらに彼女の頬が染まったように見えていた。 「賭の約束は覚えているだろうな?」 「し、知りません……最近物忘れが激しいから」 「まさか、俺の知るこの世で一番綺麗な人に限って、そんなことはないだろう? 撮影が終わるのを楽しみに、待たせて頂くよ」 「し、仕事はどうなっているんです!! 社長でしょう、速水さん」 「今日は有給なんだ」 遡ること、某月某日。某夜のこと。 男が自信を持って告げたのは、一人の少女の名前であった。 「綺麗な人など、この世に一人しか俺は知らないな。それは、とってもチビちゃんで、子狸みたいに愛嬌のある女性だ。だが、とても一生懸命で、ひたむきで、そのくせ困ったことに、夢中になると何も見えなくなる。とても純粋すぎるお姫様だよ。お陰で、こちらは振り回されっぱなしで……かき乱される」 「…………そ、そんなの知りませんっ!!!!!!」 「知らないならば、お教えしようか? この世でとびきりの、綺麗な人。 私の知る、唯一無二――――マヤ。君がどれほど、綺麗か、じっくり手取脚取り、今夜からでも教えてやろう」 彼女が後悔という言葉を知るのは、その直後。そうして、賭に負けた敗者には、一つに罰ゲームが待っていた。 それは…… 「無理です、やっぱり出来ませんっ!!」 「嫌だ、断る。これだけは、俺も譲れない」 「こ、子供みたいなこと云わないで下さいっ」 「やだね」 「速水さんっ!!!」 「君からの口付け、心より楽しみにしているよ」 04.08.2006 ![]() □つみかさまより□ 社長の台詞を出来るだけ格好良くと、悩んだのですが どうひねり出しても、杏子様のように 一目見て惚れてしまうような、台詞になりませんでした。 マヤちゃんも、可愛くならず、すみません。 最期に、杏子様、三周年おめでとう御座います。 ![]() □杏子より□ 綺麗な人、綺麗な人……、確かに綺麗な人ってどんな人なんでしょうね。お題を搾り出すにあたって、出来るだけ妄想が広がりそうな意味にも色にも雰囲気にも幅のある言葉を選んでみたのですが、あらためて思う”綺麗な人”ってどんな人? こうして私のデッチあげたお題が、皆様色に染められていくのが本当に楽しいこのお題シリーズ。 CMの描写が ”あ、こういうCMありそう!” と妙にリアルで(笑)、ふむふむと思わず頷いてしまいました。 社長室でのマヤちゃんの様子もほんとにマヤちゃんらしいですね。 そして、アッツアツのオチ♪ きゃ〜〜〜★という読者の悲鳴が聞こえてきそうでした。 つみかさん、締め切りに翻弄されながらも無事 書き上げてくださって、本当にありがとうございました!! ![]() |
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