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| written by しろこ
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「速水さん!」 振り向くと、速水さんが立っていた。スーツではなく、ラフなシャツ姿で休日だということが分かったが、表情は違っていた。突き抜けた笑顔でも、意地悪な表情でもなく、困惑と少し照れた、最後に大都芸能で会った表情だった。 「どうしてここにいるんですか?」 慌てて目を両手でごしごしと擦り、努めて明るい声を出す。 「シアター]で通し稽古が始まったと聞いて、たまたま近くを通りかかったからな」 コツコツと靴音を響かせ、私の右隣の席へ腰をかける。そのまま客席をぐるりと見渡し、 「・・・変わった座席の位置だな。それに天井も高い・・・」ひとりごとのようにつぶやく。 「はい。ここで私は、紅天女になります」 速水さんを見ない様、まっすぐ前を見て私は言った。 「うらやましいな」 「え?」 思わず横を振り向いて速水さんを見てしまう。しかし速水さんは無表情で舞台を見つめながら続けた。 「オヤジの夢だった紅天女を継いで、俺もまた紅天女を独占するためだけに生きているといっても過言ではない・・・」 「オヤジのための人生、紅天女のための人生・・・チビちゃんみたいに演劇という情熱を注ぐことの出来るものを見つけ、そして目標であった紅天女を自分が演じる、俺から見たらとてもうらやましいなと思う・・・」 私が速水さんの横顔を見つめていると、速水さんは私の方向を向き、唇だけで笑みを作る。 哀しみを我慢している表情にも見えて、私は思わず口を開いてしまった。 「速水さんが一番やりたかった事ってなんですか・・?」 「あ・・?唐突だな。・・・そうだな、小学生の時は野球選手かな」 驚きながらも質問に答えてくれる。 「その次は?」 「その頃は速水の家にいたからもう考えられなかったな・・・」 「じゃあ今は?」 「・・・・星をゆっくり観ること・・・か?」 自分の答えが疑問形なので、私はおかしくて笑ってしまう。 「笑うな・・そうだな、野球を久々に観るのもいいかもしれないな」 「いいですね、他には?」 「なんだ急に・・野球を観た帰りにバッティングセンターでも行ってみるか?」 「連想ゲームじゃないんですよ」 「海に行くのもいいな、ああ、山でキャンプも楽しいかもな、仕事を忘れて」 速水さんがいたずらを思いついた子供の様に私の顔を覗き込む。 「・・・仕事とは関係のない仲間と、酒でも飲みながら他愛のない事を話す・・そんなことも俺はしばらくやっていなかったな。・・・こうしてチビちゃんと話をするのは楽しいよ」 再び哀しそうな表情に戻り、最後にふっと息を漏らし笑う。 「・・・私、速水さんのやりたかった事、叶えてあげたいです」 真面目な顔をして言う私の顔を見て、速水さんは真顔に戻る。 「私は女優です。私以外の人生を演じる事が出来るんです。 家族のいない私にも姉妹が出来る。外国のお姫様にもなれる。 狼にもなれました。だから速水さんのやりたかった事、言いたかった言葉、 私が速水さんになって、違う人生を演じることも出来るんです」 自分でも唐突だと思った。 でも、速水さんを好きになったことで、私は阿古夜になれる。 心の全てを愛する人だけでいっぱいに出来る。 今度は速水さんを幸せにしたい、女優として。 「・・・チビちゃんの泣き顔を、もう見たくない」 私の心臓がドクンと大きな鼓動を立てた。速水さんが私の右手を握ったからだ。 「待っていて欲しい、とは言わない。時間もいつまでかかるか分からない。 ・・・君と一緒にいるために、俺も決めた事がある。」 心臓の鼓動が早くなり、速水さんに握られた手も震えているのが分かった。 「何・・・を・・・言って」 いるんですか、と後の言葉が続かない。 「俺の願いは一生叶わないと思っていた。だが、叶った・・・だから、今度はその願いが続くように頑張りたい・・・」 頭の中をぐるぐると麗や劇団一角獣のメンバーや月影先生が回る。 遠くで黒沼先生がスタッフに指示している大きな声が聞こえてきた。 黒沼先生の声で我に返る。 息を大きく吸い、静かに吐き出しながら、速水さんの左手の上に私の左手を添える。 「・・・私は紅天女になるためにがんばってきました。今度の試演でどうなるか分からないけれど、私は 速水さんに恥ずかしくない紅天女を演じます。だから、しっかり見届けて下さい」 「・・・俺は約束を守る男だ・・・」 ふたりして大声で笑ったので、舞台の上のスタッフが驚いた顔をしてこちらを見る。 速水さんに気付いた黒沼先生が舞台の上からやあ、と両手を上げる。 「そうだ、チビちゃん、俺のやりたかった事、代わりにやってくれるって言っていたな」 「言いましたよ」 「ケーキをお腹いっぱい食べる、っていうのを叶えてくれないか?」 あの意地悪そうな笑顔で速水さんが言うので、私は言い返す。 「違いますよ、女の子のためにケーキを買ってくる、ですよ。その願いなら喜んで引き受けます。 今日でいいですか?」 「・・・そうだな、好きな女の子のために、日曜日、ケーキを買ってくる、だ」 好きな女の子、という言葉に一瞬で耳まで熱くなる。 速水さんとのこれからがどうなるかは全く分からない。 だが、今の私には「紅天女になる」という役目が待っていて、私も精一杯それに応えるだけだ。 これからも私はいろいろな役を演じるだろう。 その役の人生を生きて行く。 私のために、そしてあの人のためにー 04.06.2006 ![]() □しろこさんより□ 杏子さん「SUPER ESCAPE」3周年、おめでとうございます。 そして、本当にありがとうございました。 インターネットを始めた1年と少し前、何気なく検索した 「ガラスの仮面」が私の運命を変えました。 (大げさですが、本当です) 内容はお題からはるか彼方へ飛んでいってしまっています。 (何もかもが唐突で・・・本当に申し訳ないです) けれど毎日毎日「ケーキ」「日曜日」と2人の事ばかり考えていて、 幸せな時間でした。 (速水さんの趣味?がわからなくて、連想ゲームになってしまいましたが、 自分で書いていてキャンプをする速水さんすら想像できません) 今回の企画に参加する事が出来て、心から感謝しています。 本当に本当にありがとうございました。
□杏子より□ このかる〜い感触なお題で、まさか長編完結編がくるとわっ!!やはりこれだからお題は面白いですね。ヒトサマの発想を覗き見できる、至福のとき♪ 『紫のバラが届かないんです』この一言が、とても印象的でした。切なくて、切実で、でも紫のバラの人の正体を知っているマヤからしてみれば、告白できないゆえの辛さから出た一言にも思えて……。 大変なご苦労の末に書き上げてくださったとのこと。オフ会では本物の取立て隊員に出会い、さぞ怖い思いをしたことでしょう。しろこさん、本当にありがとうございました!! |
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